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| ■ 『 第一章 第四話 』 文/水天宮拓仄 |
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洞穴を出たケンバートとマリンは洞穴での出来事を話す。
ザナンは驚いたようにルイを見つめ、一瞬空を見上げたと思うと、ルイに優しい視線を戻して大きく息を吐いた。
「そうですか…記憶をなくしてしまったのですね、彼は」
「ザナン様、彼はあの伝説のエルフなのでしょうか?」
ザナンの横に控えていた神官戦士見習のアルがおびえたような表情でルイを見つめて口を開いた。
その言葉にザナンは静かに頭を横に振った。
「それは、私にはわかりません…ですが、彼はマリンが言うように我々に危害を加える存在とは思えません」
「ですが、エルフなのですよ?」
このヴィスタム大陸全土に根強く残っているエルフへの恐怖心は、簡単にはぬぐいさることはできない。
いくら、自分が信頼している人間の言葉でもだ。
だが、人間の中にも不思議な力を持つ者がいる。
その者達を“魔術師・呪術師”や“神官・司祭”などと呼称していた。
力を持つ人間は、多少なりと他人の気を感じることができるため、
目の前にいる人物・生物が邪悪な存在か否かの判断ができるのだ。
その気を感じることのできない人間は、エルフはすべて邪悪なものと信じている。
この大陸に伝わる邪悪なエルフ伝説がそうさせているのだ。
「ええ…ですが、彼からは邪悪なものは感じられません。マリンもそう感じたからこそ、彼をここに連れてきたのでしょう?」
ザナンの言葉を聞いて静かに頷くマリンを見、アルは改めて記憶を失ったままのエルフを見つめた。
自分は生物の気を感じることはできないが、確かに大人しそうな様子のエルフだ。
態度もおどおどしており、とても自分達に危害を加えるように思えない。
それに、自分が最も信頼している司祭が安全を信じているのだから、自分もそれを信じよう。
「わかりました…ザナン様とマリン様のお言葉を信じます」
「ありがとう、アル。さ、もう陽も沈みますから、教会に戻りましょう」
洞穴の入り口に立ったままのルイ、マリン、ケンバートに声をかける。
マリンに手を引かれながらザナンとアルの元に歩を進めるルイを険しい表情で見つめながら、ケンバートもその後に続く。
ルイが怪しい動きを見せたら、すぐに対応できるようにだ。
歩み寄るルイの耳を見つめていたザナンがふと思いついたように口を開く。
「ああ…さすがに、彼の姿を村人達に見せるわけにはいきませんね…」
誰が見てもエルフとわかる鋭く長い耳。
村人がルイの姿を見たら村中が混乱することは目に見えていた。
ザナンの言葉に一同は頷く。
その言葉の意味がわからないのは、当の本人であるルイだけだった。
俯いたまま歩を進めてきたルイだったが、一同の周囲に立ち込める雰囲気の変化に視線を上げた。
その目が、自分を見つめていたザナンと合う。
さっとその視線から逃れるように再び俯いたルイの背後から、バサリと布が被せられた。
「これを頭から被るんだ。少々、怪しいかもしれんが、その耳を大衆に晒すよりはマシだ」
「なぜ?」
なぜ自分の耳を隠す必要があるのだろう?そう感じたルイは疑問をそのまま口に出した。
その言葉に応えたのはケンバートではなく、ザナンだった。
「ルイ、あなたは我々と違う種族なのです…違う種族と出会う機会が少ない我々、人間という生物はひどく臆病なのですよ。
それは、あなたの身を危険に晒すことになりかねない」
哀しそうな色を称えたザナンの瞳に気づいたルイは静かに頷いた。
布をケンバートから受け取ると無造作に頭に被る。
その布をマリンができるだけ自然に見えるように調整した。
これで、一見ターバンのような布をまいた青年に見える。
耳を隠したルイは、線の細い人間に見え、その場にいる全員が彼の姿に見惚れた。
人間と違うところは、耳だけなのだと改めて認識させられる。
そして、ルイの美しさにも感嘆させられるのだった。
所々こげて、破れている衣服も彼の美しさを際立たせているかのように思えるほどだ。
一瞬、全員に沈黙が流れる。
自分に多くの視線を感じたルイは、居心地が悪そうにマリンの影に隠れた。
「あ…ザナン様、早く教会にもどりましょう?私達が全員で長く教会を空けることは、皆に心配をかけるだけ」
おびえた様子にルイを気遣ってマリンは帰路につくことを薦める。
その言葉にザナンも我に返ると頷いたのだった。
一瞬、ルイに見とれてしまった自分を恥じるようにひとつ咳払いをし、もう闇に包まれつつある森に足を踏み出した。
なんとか村の中を無事に通り抜けたザナン達は教会に辿りついていた。
帰った途端に、教会にいる神官や護衛の者が心配そうな顔で出迎えてくれる。
見たことのない美しい青年の姿をマリンの横に認め、一瞬見とれ、その後に警戒心を表した。
「ザナン様、心配しておりました。ザナン様はじめ、ケンバートやマリン様までご不在になるとは。
何か事件に巻き込まれたのかと…それに、その青年は誰です?」
ギロリと敵意に満ちた視線を感じたルイは悲しそうに目を伏せた。
自分を見つめる人は、なぜこんなにも激しい風を発するのだろう?
村でも複数の人間に同じような視線で見つめられてきたのだ。
「ああ、彼は記憶を失って路頭に迷っていたところをマリンが助けたのですよ。
身よりもないようですから、しばらく私が預かることにしたのです」
「その青年には…何か不思議なものを感じるのですが…」
ザナン達を出迎えた神官長で中年に差し掛かっている男がルイを見つめる。
神秘的な気品というよりも、威厳を自ら態度に示しているように見える。
実際、彼の神官としての資質はそう高くなかった。
それが、彼の劣等感であり、その高いプライドを傷つけていた。
「シン…あなたにも感じることができるでしょう?彼が邪悪な存在ではないことが」
「はい。力は感じることができるのですが…でも、彼から感じるものは、特殊な物です」
シンと呼ばれた神官長は、ルイを見て邪悪な存在と感じなかったが、今までに感じたことのない気配に戸惑っていた。
その戸惑いが、ルイへの不信感になっている。
ルイの発している気は、ルイのおびえきった様子とは正反対で強いものだ。
シンの力では、そこまでしかわからない。
「それは…」
マリンがシンの言葉に言い淀んだ。
ここで、ルイがエルフだと教えても良いのかどうか。
多くの人間にとってエルフは恐怖の象徴。
困った表情でケンバートを振り返ったが、彼はなりゆきを静かに見つめているだけだった。
マリンの視線にも気づいたが、あえてそれを無視した。
ケンバートにすれば、ルイを教会に連れてくることを反対していたのだから。
そんなケンバートの反応にマリンは視線を逸らし、俯いてしまう。
「シン様…申し訳ないが人払いを」
ケンバートがシンと共に出迎えにきた神官たちや神官戦士を見渡しながら合図を送る。
するとシンはそれに頷いた。
「お前達、後は私が。持ち場に戻りなさい」
シンは神官、神官戦士達を指揮する立場にある人物。
マリンやケンバート、アルは彼に従う立場にあるのだ。
もっとも、この教会は他国ある教会に比べて主従関係はあまり強くない。
教会全体が家族のように暮らしているのが現状だったが、シンは少し違う考えを持っているようだ。
シンの命で、集まってきていた人間はすべて部屋から立ち去ると、
その場にはザナン、マリン、ケンバート、シン、アルとルイだけが残っている。
外の気配もすべて遠ざかるのを待ってからザナンがケンバートに向かって頷いてみせた。
「アル、彼の頭に巻いてある布をとるんだ」
静かにケンバートがアルに命じると、恐る恐るルイに近づきしゅるりと頭に巻きつけてあった布を取り去る。
布を取り去ると、長く綺麗な金色に輝く髪があらわになり、髪の隙間から覗く鋭い耳が現れた。
シンは呆然とし、知らぬうちに後ずさった。
その目は恐怖に満ち、ルイを見る視線は一層強くなる。
あまりの強い風にルイは怯えた視線をシンに向けていた。
「エ…エルフっ」
やっと絞り出した言葉はそだけで、ぶるぶると震える己の膝が崩れないように支えるのがやっとだ。
顔は恐怖にひきつり、ジリジリと扉に近寄るり、今にも逃げ出したい一心が彼を襲う。
シンの様子を見ていたザナンが、二人の間に入った。
「シン…そんなに怯えなくても大丈夫ですよ」
「ザナン様!なぜ、エルフがここに…」
ザナンのおかげで直接視界にルイが入らなくなると、なんとか言葉を紡ぐことができた。
だが、震える体を止めることはできない。
「あなたも先ほど感じたのでしょう?彼の穏やかさを」
その言葉に頭を横に振る。
「そんな…わかりません、私には…そこまでの力はないのです」
「でも、邪悪な存在ではない…それはわかったはずです」
ザナンの言葉に頷くも、その目には恐怖しかない。
「シン様…彼は安全です…私も彼の穏やかな気配を感じたからこそお連れしたのです」
怯えた様子のシンに近づきながらマリンは安心させようと、優しく言葉を発する。
そのマリンの言葉にシンは先ほどまで怯えていた視線をマリンに向けた。
そのまなざしは、怯えではなく憎しみに近いものを感じさせる。
その視線にマリンはビクリと歩を止めた。
今までシンにこのような視線を向けられたことはない。
いや、マリンにこのような視線を向ける人間は一人もいなかったのだ。
自分に初めて向けられた憎悪の視線。
がくがくとマリンの全身が震える。
「ああ、そうだな。私はあなたほどの力がない」
「そ…そんな」
その言葉とシンの視線はマリンの才能に対する嫉妬に満ちていた。
崩れそうになるマリンを背後からそっと支えるように立つケンバートは険しい表情をシンに向けた。
その強い視線に、再びシンの目には怯えた色が戻る。
「シン様。この事は誰にもおっしゃらないでくださいますね?」
マリンの両肩を優しく包みながら威圧的な言葉をシンに発する。
ケンバートが言っているのは、もちろんルイのことだ。
「シン…あなたは…」
ザナンが哀れみを含んだ視線をシンに向けると、グッと息を呑むのが傍目にもわかった。
唇をかみ締めてドアに向き直るとドアノブに手をかける。
「ザナン様、ご安心ください。このことは他言いたしません…私は、これで失礼する!」
それだけをやっと口にすると足早に部屋から遠ざかっていくシン。
部屋からどんどん離れていく彼の気配を一同は感じ取っていた。
部屋に残された者には、言いようのない空気が漂う。
「シン様…なぜ、あんなことをおっしゃるのかしら?」
大きな瞳に涙をためながら、シンが出ていった扉を見つめるマリンを
ケンバートは優しく肩に手をかけてそっと自分の胸に引き寄せた。
「マリン、気にすることはない。シン様は動転していただけだ…明日になれば、いつも通りに」
ケンバートの胸に抱かれながらマリンの頬を一滴の美しい涙が伝う。
「ぼくは、お世話になれません」
今の様子を目の当たりにしたルイは哀しい表情で静かに言葉を発した。
シンの見せた自分への視線。
ルイにとっては、それは苦痛であり、恐怖だった。
「ルイ…どこに行っても、人間はあなたをあのような視線で見つめるでしょう…ですから、しばらくここに留まりなさい」
「ですが…ここにいては、助けてくれた貴方達が困るでしょう?」
申し訳なさそうにシンが立ち去ったドアを見つめ、再び床に視線を向けた。
俯いたルイにゆっくりと近づくと、ザナンは優しく包み込むように両掌で彼の手を取った。
ひんやりとしたルイの手に少し驚きながらも、きゅっと握りしめる。
「大丈夫…あなたはしばらくここで生活をして、この世界に対応できるようにならなければいけません。
そのためには、さあ…顔をおあげなさい」
ついと顎に指をかけるとルイの顔をあげさせて、にっこりと笑顔を向けた。
その笑顔に安心したのかルイの表情にも明るさが蘇る。
「そうです。まず我々、人間と共生できなければ。これからの時間は自分を取り戻すためにお使いなさい。
私がそのお手伝いをさせていただきます」
顎を持ち上げていた指をそっと離し、ルイに向けていた視線を部屋に残っていたマリン、ケンバート、アルに向けた。
マリンもだいぶ落ち着いたのか、今はケンバートの横で恥ずかしそうな表情を見せている。
「あなた達もお手伝いしてもらえますか?」
ザナンの言葉に一同はコクリと力強く頷いたのだった。
一方、ザナン達のいる部屋から飛び出した神官長であるシンは自室で落ち着かない様子で部屋中を歩きまわっていた。
「ザナン様は何を考えておられるのだ?エルフを教会に招き入れるなど…」
それに加えてシンは、マリンに対する普段からの劣等感をあらわにしてしまった事も思い出す。
彼の拳が屈辱で震えていた。
震える手でテーブルにおいてあったカップを掴むと床に叩きつける。
肩で大きく呼吸をしながら瞳には怒りが見えた。
「…くっ!あの女…」
シンは拳を握りしめながら粉々に砕けちったカップを憎悪に満ちた瞳で睨みつけていた。
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