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| ■ 『 第一章 第五話 』 文/水天宮拓仄 |
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ルイがクルタの村にある教会に保護されてから数日が過ぎていた。
ボロボロだった衣服も今は神官服に少々手を加えた物を与えられてルイの美しさを一層引き立ていた。
神官達が着る白いシンプルな衣服に薄緑色の布で拵えた上着に身を包み、細い腰には幾重にも布を巻いている。
ブーツは太腿を隠すほどの長さで彼の細く長い足を強調していた。
「なんて美しいのでしょう」
一通り与えられた衣服を身につけたルイを目の前にしてマリンは目を輝かせていた。
初めて会った時の薄汚れたイメージは消えうせ、人間とは違った美しさに目を奪われていた。
その横で別段興味もなさそうにケンバートが二人の様子を見守る。
ルイは今だ一人での行動を許されておらず、常にケンバートが護衛・監察者として付き添う必要があったのだ。
そして、当然ながら教会の外へは決して出られない。
「ありがとうございますマリン様」
「“マリン”でよろしいですわ、ルイ様」
「え…でも」
自分の事を呼ぶ人間と同じように呼んでいるだけなのか、困惑した顔でケンバートを見つめる。
「マリンがそう言っているんだ。そうすれば良いだろう?」
「…そうですか…。では、マリン…と呼べばいいのですね?」
ルイの言葉にマリンがにっこりと笑うと深く頷いた。
「ええ、もちろんですわルイ様。仲良くしてくださいねv」
ふわりと近づいてきたマリンに手を取られるとルイの表情も明るくなった。
ルイにとって、人間は今だ未知の存在だったが、この目の前にいる優しい風を持った女性は安心できた。
教会の中でも自分に怯えとも憎しみとも思える視線を向ける人間が数多くいるが、このマリンと司祭のザナン。
そして、自分の護衛兼監察者のケンバートだけは穏やかな風でルイを包んでくれた。
「マリン。もういいのだろう?これから、こいつをザナン様のところへ連れて行かなければならない」
「はい、ごめんなさいケンバート様。私も村の診療所へ行ってまいります」
「ああ、気をつけてな。今日はアルも一緒に行くのか?」
扉に向かったマリンの背中に声をかけ、自分の姿を鏡で見つめているルイを横目に見る。
「いえ、今日はアルに別の約束があるとかでシン様と一緒に行く予定です」
「…シン様か…。大丈夫なのか?」
先日のシンを思い出しながらケンバートは心配そうな顔を見せる。
マリンは心配そうな表情になったケンバートを不思議そうに見つめると、口元に笑みを浮かべた。
「何をおっしゃるのです?シン様は立派な神官…何を心配するのですか?」
「俺も後から診療所へ行こう」
「…大丈夫ですわ。ご心配ありがとうございます、ケンバート様。では、行ってまいります」
ちょこんと頭を下げてから扉をあけて出て行くマリンを見送ったケンバートは小さくため息をついた。
もやもやとケンバートの中で黒いもやのようなものが渦巻いている。
鏡の前に佇んでいたルイが近づいてくることに気づき、振り返るといつもの彼に戻っていた。
「あの…」
「なんだ?」
幾分不機嫌そうな声色で受け答えをするケンバートに少し怯えながら、ルイはか細い声で言葉を発した。
「あなたの事はなんとお呼びすれば良いのでしょうか?」
唐突な質問に、驚いたがすぐにふっと口元に笑みを浮かべ、その質問に答える。
「“ケンバート”でいい。俺も貴様のことを“ルイ”と呼ぶが、いいか?いつまでも“貴様”では、な」
「わかりました。ケンバートですね…僕のことは好きに呼んでください」
「ああ、そうすることにしよう。では、行くぞ。ルイ」
「はい、ケンバート」
向けられる笑顔は晴れ晴れしく、つい男のケンバートでさえうっとりとしてしまいそうに美しかった。
思わず微笑みそうになる自分に気づくと、ルイに背を向けて扉を開けると廊下に出る。
そして足早にザナンの私室に向かうのだった。
ザナンの部屋に到着するとケンバートは扉を軽く叩いた。
一瞬の後に中から部屋の主から返事が返る。
静かに扉を開くとルイを先に通し、後から自分が部屋に入ると扉をそっと閉じた。
「遅くなりましたザナン様」
「いいのですよ、ケンバート。ルイも待っていましたよ」
にっこりと笑顔をルイに向けながら部屋の中央に置いてある椅子に座るように促す。
それに素直に従うルイに、扉の横に置いてある護衛する人間用に置いてある椅子にケンバートも腰を落ち着かせた。
ルイの腰を下ろした椅子の横に質素な机が置いてあり、机を挟んだ正面においてある椅子にザナンも腰を下ろす。
ルイが机に視線を落とすと、机の上には数冊の書物がきちんと置かれていた。
「ルイ、あなたは自分の意志で精霊魔法を使えますか?」
突然の問いにルイは目を丸くした。
しばらく宙を仰ぎみて、ふわふわと自分の周囲に漂っている精霊の姿を見つめる。
そして、再びザナンに視線を戻すと小さく頭を左右に振った。
「いいえ…精霊…の人は見えるのですが…それ以上のことはぼくには何も」
「そう。やはり記憶を失ったことによって精霊魔法の理や精霊魔法の施行等を忘れてしまったようですね…」
「すみません」
悲しそうな表情になったザナンになぜか謝ってしまう。
「あなたが謝ることではありませんよ」
そう言うと机の上に置いてある書物の中から一冊を取り出して机の上に広げた。
不思議そうに書物に視線を落とすルイに、ザナンはきびきびとした調子で言葉を紡ぎ出す。
「残念ながら、村には精霊に精通している人間はおりません。
ですが、これからあなたの進むべき道には自分自身を守る術が必要です」
ザナンの言葉を無言で聞きながらルイはコクリと頷く。
扉の横にいるケンバートも、扉の外にも常に気を配りながら二人の様子を真剣な眼差しで見つめていた。
「精霊魔法とは違いますが、あなたの魔力は人間とは比べ物にならないほど強い。
その魔力を無駄にするのはとても惜しい。私が四大属性の魔法の使い方を基本だけですが教えます」
「四大属性?」
自分の記憶の中にない単語にルイは思わずその言葉を復唱する。
「この世界のすべてには属性があります。その代表的な属性が“火”、“風”、“土”、“水”。
この四属性を魔力によって使役するのです。私は自分では使えないのですが…知識は多少あります。
あなたに使い方を教えることぐらいはできるはずですよ」
机に開いた書籍をパラパラとめくりながら、魔法の基礎についてかかれているページを開くと、
扉の横にいるケンバートを見つめ、声をかけた。
「ケンバート。これから数時間は彼に魔法の勉強をしていただきますので護衛は必要ありません。
あなたは、あなたの用事を済ませてきなさい」
「…よろしいのですか?」
自分には背中を向けたまま座り、すでに本を読みふけっているルイを見つめた。
「大丈夫です…彼に危険はありませんよ。ほら、もう本に熱中してしまいました」
目の前で人が会話をしているというのに、それを気にも止めずに黙々と本を読むルイに苦笑を浮かべながら告げる。
ザナンの言葉にケンバートも椅子から立ち上がった。
「わかりました。では、夕食前に迎えにきますので、それまでよろしくお願い致します」
「ええ、わかりました」
ザナンの言葉が終るのを待たずに扉を開けて廊下に出ると、自分の不安を確認するために行動する。
教会を出て、マリンがシンと向かったはずの診療所に向うのだった。
「…何事もなければ良いが」
不安を口にすることで少しでも気持ちを楽にしようと試みるが、それは逆に彼を不安にさせるだけに終る。
最初は早足程度の歩調だったが、教会を出て村の中に入る頃には、駆け足に変わっていた。
ケンバートにあこがれる女達の声があちこちに路上から聞こえるが、そんなものはケンバートに興味はなかった。
今の彼の心はマリンへの心配が広がるばかり。
狭い通路を駆けながらケンバートの視界に診療所が入ってきた。
遠目からでは、いつもとまったく変わりのない診療所。
外には中に入りきれなかった怪我人や病人達がいるようだった。
だんだんケンバートが近づくにつれ、いつもとは違うざわめきに気づく。
人々に歩み寄ると、乱れる息もそのままにケンバートは一番近くに立っていた男に声をかける。
「なんの騒ぎです?」
「あ、ケンバート様!今日はマリン様がいらっしゃる日だったと思っていたのですが
…シン様がお一人でいらっしゃったようなので、皆戸惑っております」
「なんだって?シン様が…お一人でいらっしゃっているのですか?」
マリンと共に出かけたはずのシンが一人で診療所にきている事実にケンバートは驚愕した。
険しい表情のケンバートに男はさらに続けた。
「シン様とマリン様では診ていらっしゃる患者が違うので、いつもより時間がかかっているんです」
診療所に来て患者を診る神官は、それぞれ患者を担当していた。
その担当は、患者の病状によりレベル分けされており、能力の高い神官には重大な病気や
怪我をしている患者が担当になり、能力がさほど高くない神官には、軽い症状の患者を担当している。
マリンが担当している患者はほとんど重い症状の者ばかりで、シンの能力では対応しきれていないのだ。
「ケンバート様…マリン様はどうして今日いらっしゃらないのですか?」
「…あ、いや。シン様はなんとおっしゃっていましたか?」
診療所に険しい視線を向けながら、ケンバートは必死に怒りの感情を堪えながら声を絞り出した。
「シン様は、マリン様が急病とかで代わりにいらっしゃったと…」
「そ…うですか。わかりました。今日は、もうお帰りになった方がよろしいでしょう。
マリンでなければ、あなたも不安でしょう?」
ケンバートの言葉に男は頷くと頭を下げながら診療所を後にしていく。
その男の姿を見かけた患者達も次々に診療所から立ち去っていった。
患者の目からもシンの能力はマリンに匹敵しないものだと見てわかったのだ。
「シン様。マリンをどうしたのです?」
「ケンバートか」
次々に帰っていく患者の姿を憎々しい表情で見送ったシンは、憎悪に満ちた視線をケンバートに向けた。
その様子に普段の神官長であるシンの姿は消えうせていた。
ケンバートの目の前にいるのは劣等感に苛まれ、すべてに憎悪する臆病者の男がいるだけに思えた。
「もう一度お聞きします。マリンはどうしたのですか?」
強い口調のケンバートに不敵な表情を浮かべたシンは声を殺して笑う。
普段の芯が通った綺麗なシンの声とは思えないような不気味な響きが診療所いっぱいに響き渡っていた。
NEXT 第一章 第六話へつづく |
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