■ 『 第二章 第二話 』 文/水天宮拓仄

 ここは砂漠が広がる国・チェンリン王国チェーロン。
 この王国で唯一他国から物流のある村だ。
 そして、ヴィスタム大陸・本土からカシム王国へ渡る港のある唯一の村。
 この国の人々は武術を愛し、武術のみで身分も金も手に入れる事のが常である。
 だが、この村には商業で生活している人間が数多い。
 チェーロンは武術を捨てた者が集まる村でもあるからだ。
 村の大通りには、他国からの行商に来た者が点々と店を広げ、
村で商売をしている人間達がさまざまな店の軒先を並べている。
 人で賑わう大通りを、小柄な女…いや、少女が足早に歩いていた。
 フードを目深に被っているが頭部を隠すのみで、細く白い手足はおしげもなく晒されたままである。
 鮮やかな青色のベストの下に黒い肌着を身につけ、あまり豊かではない胸の部分を数箇所を紐で留めてあるだけ。
 下半身を覆っているパンツからは、スラリと少し日焼けしているが細い足を守るように長いブーツを身に着けていた。。
「ふう…今日も暑いわねぇ…」
 大通りを抜け、人目を避けるように小さな路地の奥で立ち止まった。
 フードを鬱陶しそうに払いのけると前髪をかきあげる。
 綺麗な銀色の髪が太陽の光に反射してキラキラとし、銀髪の隙間から覗き見える鋭い耳は人間のそれと違っていた。
 そう、彼女はエルフである。
「シルバー!ダメじゃないかっこんな所でフードを取って」
「キル!だって暑いんだもん。それに誰もいないのは確かめたし、大丈夫だよ」
 シルバーと呼ばれた若いエルフは振り返りながらフードに手をかけると、耳を隠す程度に軽く被る。
 キルと呼ばれたまだ幼さを残す青年は、短く切り揃えられた黒い髪に黒い瞳を持っていた。
 服装は、チェンリン王国では一般的な風通しの良い布で作った軽装である。
「まったく…昼間に村を歩くのだって俺は反対なんだ。
もし、村の連中にシルバーの正体がわかったら…ただじゃすまないんだからな」
 ブツブツとシルバーを説教するのは、キルという数少ない彼女がエルフだと知る人間だ。
 エルフと知った上で、二人は信頼できる仲間であり友人だった。
「まったく、あたしがエルフってだけでコソコソしなくちゃいけないなんて心外よ」
 その言葉に一瞬眉をひそめたキルだったが、シルバーはあえてそれを見ないふりをした。
 別にキルに責があるわけではないし、人間が自分をいくら嫌おうとも自分は人間が好きだからだ。
 いつか、わかりあえる日がくると信じて、百年以上前から人間の街や村で生活を送りつづけている。
「とにかく、日中にいつまでも外にいるのはマズイよ。早く家に帰ろう。エルも待ってる」
「ええ、そうね…エルも1人で留守番じゃかわいそうだも…」
 払いのけたフードを被りながらシルバーの動きが止まる。
 先に歩き出していたキルがそれに気づいて足を止めた。
 怪訝な表情で動きを止め、視線を宙に泳がせていた友に恐る恐る声をかける。
 こんな様子の彼女を初めて見たのだ。
「シルバー?どうしたんだ?」
「え…ええ、いえ。なんでもない…。早く帰りましょ」
 そう言いながらフードを頭に巻きなおすとキルの後に続いた。
 後ろを歩くシルバーをチラリと見ると、彼女は宙を見上げながらキルの知らない表情を見せていた。
 それは、どことなく嬉しそうで、悲しそうでもあった。
(…この感じは…まさか……彼が?)


 しばらく歩いた場所にキルの家がある。
 この家には、キルとシルバー、そしてキルの妹であるエルメスの3人で暮らしていた。
 キルとエルメスの両親は数年前に生き別れている。
「ただいま、エル」
「おかえりなさい。兄さん、シルバー」
 玄関を入ると、すぐにエルメスが迎えてくれた。
 エルメスも、キルと同じ黒髪に黒い瞳を持ち、髪は綺麗に長く伸ばしていた。
 彼女は神官に密かにあこがれていることから、身につけている服は白で統一され、無駄な肌の露出はしない。
 暑い気候のチェンロンでも丈の長いスカートに身をつつんでいた。
 奥からパタパタと駆け寄るとシルバーのフードを預かり、扉の横に設置してある物掛けにすばやくひっかけ、
2人を奥のテーブルへ誘導する仕草を見せる。
「エル、ありがとう。本当、あんたはいいお嫁さんになれるわよ」
 居候の身でもあるシルバーの世話を嫌な顔ひとつせずに甲斐甲斐しくしてくれる彼女に、シルバーは心の底から賛美を送った。
 それを皮肉と取ったのか、エルメスは軽くシルバーを睨みつけている。
 そんな彼女の仕草が可愛くて、ついシルバーの口元も緩んでしまった。
「何にやけてるんだ?シルバー?さっきも外で様子が変だったし…いったいどうしたんだ?」
 シルバーが腰かけた席の対面につくとキルは真剣な目で問いかけてきた。
 そこで、エルが冷やした水を持ってくるとキルの隣にすとんと座り、兄と同じようにシルバーを見つめた。
 2人の視線に居心地の悪さを感じたシルバーは、体を横に動かして2人の視線から逃れる。
「さっきは外だったから、詳しく聞けなかったんだ」
「…だから、なんでもないって言ったじゃないの」
「嘘だ。シルバーのあんな顔、俺は知らない。何かあったんだろ?話してくれよ…俺達は仲間で、友達だろ?」
 そこまで言葉を吐き出すと、喉の渇きを潤すためにエルメスが持ってきてくれた水を一気に流しこんだ。
「それとも、俺達は信用できない“人間”ってことになるのかな?」
 皮肉を含んだ言葉にシルバーの視線がキルに戻る。
 それを待っていたかのように、ニコリと笑顔を見せ、片目と瞑ってみせた。
「…話してもいいけど…たぶん、信じてくれないと思うよ」
「それでも、いいさ。シルバーがあんな表情をするような事…1人で抱え込むことはないだろ?」
「兄さんの言う通りよシルバー。いつも私達を助けてくれているんだもの。
たまには私達のことを頼ってもいいのよ?それに…話すだけでも、きっと楽になるんじゃないかしら?」
 


 エルフのシルバーと人間のキルとエルメスがなぜ生活を共にしているのかを簡単に書き出してみよう。

 シルバーは数年前にキルとエルメスを助けたことがある。
 それ以来二人と一緒に暮らすようになった。
 人間二人とエルフ一人の生活は案外すんなりと受け入れられた。
 それはひとえにシルバーが人間に極めて近い考え方、行動をするエルフだったからに違いない。
 そして、シルバーは一緒に暮らすようになってから、二人の中にある暗い闇を見た。
 その闇とは、一見明るく、強く暮らす兄妹には不釣合いなもの。
 それは…― 復 讐 −
 キルとエルメスの両親は、村の責任者・メロキーナという役人に殺されたというのだ。
 メロキーナは、数年前にチェンリン王国主催の武術大会で入賞したことにより、
チェンリン王国の貴族として登録されたばかりの男だった。
 この国、チェンリン王国は武術の長けている者には地位、名誉、富までも与えられる実力主義国家なのである。
 だが、本当に実力のある者は王国の中心部に住み、重要なポストを国王から与えられている。
 メロキーナは武術には長けておらず、政治の力に長けていた。
 チェンリン王国で、武術を持たずに野心を持つ人間達も少なからず存在し、野心を持たずに武術に長ける人間が多くいる。
 野心を持つ政治家達は、野心を持たない武術家たちに商談を持ちかけた…というわけだ。
 つまり、替え玉というものである。
 そんな経緯で貴族になった多くの者は、チェンリン王国の小さな村や自治体の責任者という役を担っていた。
 だが、小物達は王国の下した自らの地位に満足できるはずもなく、
あの手・この手を使って出世をもくろむのは当然の流れと言っても良かった。
 キルとエルメスの両親は、メロキーナの行なってきた不正の数々を調べあげ、その報告を王都に伝えるつもりだったのだ。
 だが、それは叶わなかった。
 事前にそれを知ったメロキーナがキルとエルメスの両親を事故に見せかけて暗殺したのである。
 この時、キル十五歳、エルメスはまだ十二歳になったばかりだった。
 両親が殺されたとわかった直後に二人はメロキーナの館に玉砕覚悟で乗り込もうとした。
 そこでたまたまチェーロンに辿りついたばかりのシルバーに止められ、説得された。
 それから数年の間は復讐の時を待つことになったのである。
 三人が一緒に暮らし始めてもう五年の月日が流れていた。
 ちなみに、この期間中シルバーは義賊としてチェーロン・影の英雄として村人達に称えられるようになっていた。
 金持ちの家ばかりを狙い、盗みを働くとその首尾を貧しい村人達に惜しみもなく分け与えた。
 だが、シルバーの正体を知る者はキルとエルメスの以外にはいない。
 正体不明という神秘的な存在が、村人達からの羨望を更に集めていると言っても過言ではない。
 共に暮らす期間が三人の絆を強いものにしていった。


 話を元に戻そう。

 部屋の中にしばらく沈黙が流れる。
 ふと、シルバーが何かに気づいたかのように窓に近づくと、閉ざされていた窓を開け放つ。
 そして、笑顔で口を開いた。
『久しぶり』
 キルとエルメスは顔を見合わせた。
 シルバーが何もない宙に向かって笑いかけながら、聞いたこともない言葉を発したのだから。


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