■ 『 第二章 第四話 』 文/水天宮拓仄

 キッチンから戻ったシルバーとエルメスは二人の客人と向き合って椅子に座り、
椅子からあぶれたキルは少し離れた木製のベッドに腰を下ろした。
 突然現われたエルフの近くに座る気も起きない。
 腰を下ろしたシルバーがエルメスから受け取ったグラスを目の前の客人に差し出す。
「さあ、飲んで。外は暑かったでしょ」
「ありがとう」
 軽く礼を言ってケンバートがグラスを受け取ると、それに習うようにルイも手を差し出した。
 どこか怯えたような表情を見せるルイを見つめてシルバーは悲しそうな表情を見せる。
 その表情に気づいたケンバートが、口をつけていたグラスをテーブルに置くと口を開いた。
「君は以前の彼を知っているのか?」
 ケンバートは記憶を失ったルイしか知らない。
 最悪の場合、この大陸全体の敵となる可能性があるエルフと旅をしてきたのだ。
「まあ…知ってると言えば知ってるわね。エルフ族で彼を知らない者はいないわ」
「それはどういうことなんだ?」
 いきなり確信に迫ったかのような興奮がケンバートを包む。
 少し腰を浮かせてシルバーから次の言葉を待った。
 しばらくの沈黙が部屋全体に広がる。
 エルメスもキルも、二人の会話に耳を傾けていた。
「あなたは、僕と会ったことがあるのですね?」
 その沈黙の中にポツリと不安そうな声が問うとシルバーは、視線をケンバートからルイに移して、ゆっくりと頷いた。
「私は200年位前だったと思うけど、一緒に旅をしていたことがあるのよ。本当に私がわからないの?ルイ」
「200年前だと?大陸に伝説のエルフが現われた頃じゃないか。こいつは、やはり“あの”エルフなのか?」
 つい大きな声を出してしまったケンバートはバツが悪そうな表情をして椅子に深く座り直した。
 喉に乾きを覚え、グラスに余っていた水を飲み、深呼吸をする。
「落ち着いて。彼は伝説のエルフじゃないわ。これだけは、断言できる。でも…」
「でも?」
「“無関係”ってわけでもないのよね」
 静かにシルバーの言葉を聞いていたルイがその言葉に反応を示す。
「それは、どういう意味ですか?」
「ごめん、これ以上は言えないわ。あなたが自分で思い出すまでは…」
 申し訳なさそうな表情をして、グラスに添えられていたままのルイの手にそっと手を伸ばして重ねた。
 絹のような手触りは昔と何も変わらない。
 ただ彼の記憶に自分がいないことがシルバーをますます悲しくさせた。
「なぜ言えないんだ?君は、何もかも知っているんだろう?」
「ダメなのよ。エルフ族の中でも、彼らについては禁忌とされているから」
「“彼ら”?どういうことだ?伝説のエルフは複数いるってことなのか?」
 つい口を滑らせた事にシルバーは表情を歪ませたが、それ以上口を開くことはなかった。
 エルフの村を出てから久しい身ではあったが、エルフの長老達が決めたことは守っていかなければいけない。
 事実を知らせる時が来るとしたら、それは長老達からの承諾が必要になるだろう。
 裏切れば、エルフ族から追放されることになる。

 重苦しい雰囲気の三人にエルメスは戸惑ってオロオロ視線を泳がせた。
 ふと視線がベッドに腰を下ろしていたキルと絡むと、兄に助けを求めるように合図を送る。
「なあ、シルバー」
 それに応えてキルが黙り込んでしまったシルバーに声をかけた。
 彼女の横に座っていたエルメスがほっとした表情を見せ、グラスの水を少し口に含んだ。
 今まで、緊張のあまり水を飲むこともままならなかったのだ。
「な、なに?」
「確か客人達は仲間を探すために、ここへ来たんじゃなかったのか?」
「あっ、そうだったわね!えっと仲間を探しているんですってね。詳しい話を教えてくれない?」
 気を取り直して、明るく振舞うシルバーへ相変わらず険しい表情を向けるケンバートに、キルがむっとする。
 品の良い神官戦士のする態度とは思えなかったからだ。
 彼はまだ二人の身の上を言葉通りに信じていない。
 疑いの眼差しを自分の正面に見える背中に投げかけていた。
「話してくれるんでしょ?私達も手助けできるかもしれないし」
 シルバーの言葉を聞いたエルメスは顔を上げ、ケンバートに微笑みかけた。
「私と兄はこの村で生まれ、育ちました。それにこのような事情には詳しいですから、きっとお役に立てます」
「ありがとう、エルメスさん」
「あの…エルとお呼びください。ケンバート様」
 頬を赤らめながら、ケンバートの視線から逃れるようにテーブルに視線を落とす。
 その様子をキルがますます険しい表情で見つめていた。
「さ、今まであったこと話してくれる?」
「わかった」

 ケンバートは今まで起きたことを手短に話して聞かせた。
 神官のマリンが攫われた事やその経緯。
 シンから聞いたカルトにいる貴族の話しをかいつまんで話す。
 それを聞いていたシルバー、エルメス、キルは同時に顔を見合わせた。
「何か知っているのか?」
 三人の様子を見たケンバートが問いかけると、ベッドに座っていたキルが立ち上がりテーブルに近付いてきた。
 その表情は険しく、怒りの感情を隠すこともしない。
 激しい感情を目の当たりにしたルイの肩がびくりと震える。
 キルの中にある感情を敏感に感じ取ってしまったのだ。
「どうした、ルイ?」
「いえ…彼の感情が僕を包んでいるだけです…。彼はとても怒っています」
 青ざめた顔色で、これ以上キルの近くには居られないとルイは椅子から立ち上がり、窓際まで遠ざかる。
 ルイの行動を見つめていたシルバーも、椅子から離れて震える肩を優しく抱いてあげた。
 今の彼は、生まれたばかりの赤ん坊のような状態なのかもしれない。
 周囲の感情に敏感で、激しい感情には怯えるしかできないのだ。
「キル、落ち着いて」
「あ…ああ」
 シルバーに声をかけられて、はっと我に返るキルは小声で「すまない」とだけ詫びた。
「話はわかったわ。どうやらお役に立てそうね、私達」
「ええ、シルバー」
 落ち着いてきたルイの傍から離れて、先ほどの優しい表情から一転し、強気な表情になると椅子に再び腰を下ろした。
「どうやら、私達の目的も果たせそうね?キル、エル」
「そうだな」
 先ほどの怒りの感情から喜びにも似た感情を表してルイが座っていた椅子に座り、テーブルの上に肘をつくと顎の下で両手を組んだ。
「そのためには、客人も俺達に協力をしてもらう」
「協力…?どういうことだ、話が見えない」
 自分が理解できない会話を繰り広げられてケンバートはかなりイライラしてしまい、つい声を荒げてしまっていた。
 その様子に、キルが笑みを洩らす。
 どうやら、キルが持っていた“高貴な神殿の人間”というイメージが当てはまらずに笑ってしまったのだ。
 こんなにガラの悪い神殿の人間がいるものかと。
 さっきまでの不快な感情も薄らぎ、この神官戦士と名乗る男とシルバーの昔馴染みに協力しても良い気持ちになっていた。
「何がおかしいんだ?」
 ギロリと横にいたケンバートに睨みつけられてキルはますます笑みを深くした。
 それは更に反感を買ってしまったが気にしない。
「悪い、別にあんたを笑ったわけじゃない。ちょっと嬉しくなって」
「は?」
 さっきまで怒りに我を忘れていた男が、今度は嬉しそうに笑っていることに混乱してきてしまう。
 困惑顔でキルを見つめていると、正面に座っていたシルバーが口を開いた。
「今度は、こっちの事情を話さなければいけないようね。でしょ、キル?エル?」
 そう言って、後ろの窓から離れようとしないルイを振り返り、彼を安心させるように笑顔を見せる。
「ええ、シルバー」
「俺から話すよ。協力し合うには、互いのことをよく理解しないとだから…な?ケンバートさん」
 真顔でケンバートを見つめると手を差し出し、握手を求めた。
「ケンバートでいい。事情を聞こうか、キル」
 差し出された手を握り返して、互いに信頼を示した。





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