■ 『 第二章 第五話 』 文/水天宮拓仄

 キルはゆっくりと自分達の知っている情報をケンバートとルイに話して聞かせた。
「この村を治めているメロキーナという役人を知っているか?」
「いや、俺達はここに来たばかりだからな」
 今、ケンバートは真剣な表情でキルの話に耳を傾けていた。
 同じくシルバーも同席しており、テーブルには三人で顔をあわせている。

 一方、ルイは三人から少し離れた場所でエルメスと言葉を交わして表情を和らげていた。
 知らない人間や同じ種族に会ったことで緊張した面持ちでいたルイにエルメスが声をかけたのだ。
 難しい話は、兄達に任せて自分は客人を歓迎する準備をするために席を離れた。
「ルイさん」
「はい?」
 静かに返事を返したルイの動作に見惚れながらエルメスは優しく笑いかけた。
「お食事は何をお食べになるの?シルバーと同じで野菜や果物がいいかしら?」
「あの…ありがとうございます」
 なんと応えて良いのかわかなかったルイは微笑みながらエルメスに礼を述べるだけ。
 エルメスは特に気にせずに再び笑顔をルイに向けた。

 椅子に腰を下ろしている三人は相変わらず重い雰囲気でキルの話しを中心に時間が流れていた。
「メロキーナは、この国・チェンリンの下っ端貴族で黒い噂が耐えない人物だ」
「そのメロキーナと、マリンの行方とどう関係があるんだ?」
 なかなか本題に入らないキルに鋭い視線を向けるが彼は臆した様子もなく淡々と話しつづける。
「ここからが重要なんだ。メロキーナは他国の貴族や金持ちを相手に人身売買まがいな事をやっていると聞いたことがある」
「人身売買だと?マリンが物のように売られると言うのか!」
 声を荒げたケンバートを前に、シルバーは両手を伸ばして落ち着くように促した。
 取り乱した事を恥じるようにケンバートはひとつ咳をして、浮きかけた腰を再び椅子に下ろす。
「あんた達が探している女の子もおそらくメロキーナの元に一度預けられているはずだ。
メロキーナは他国の取引相手から求められている人材を注文として受け、ならず者達を雇い…適した人物を攫わせるっていう手段だ」
 人間を物のように売買する者がいるとは聞いたことはあったが、マリンがその対象になるとは思わなかった。
 自分が常に守っていたマリンの身に危険が降りかかっていると思うと、怒りに身が震える。
「許せないな」
「ああ、人が人を売買するなんて許されるはずがない」
 拳を握りしめ、怒りの感情をまだ見たこともないメロキーナへ向ける。
「マリンがメロキーナの元に留まっている保証はあるのか?」
 その言葉には、今度はシルバーが口を開いた。
 この事実はシルバーがメロキーナの屋敷に潜入した時に偶然知った事実だったからだ。
「ならず者達が攫ってきた人間を一度メロキーナが注文に見合うかどうかを審査するの。
今夜なら確実にマリンさんはメロキーナの屋敷にいるはずよ」
「本当だな?」
「ええ…でも、できるだけ早く助け出さなくちゃいけないわ」
 そう語るとシルバーは表情を曇らせてケンバートから視線を逸らした。
 その仕草の意味をケンバートは鋭く察した。
「まさか・・審査とは・・・」
 さぁっと血の気が頭から足へ向けて下がっていくような感覚を味わう。
「そうだ、女を注文してくる貴族の目的なんて決まってる…メロキーナは商品の品定めをするってことさ」
「なんだとっそんな…そんな事になったらマリンは…くっ…!早くその屋敷に案内してくれ!」
 ガタガタと音を立てながら、椅子から離れてドアの近くにかけてある自分のローブや武器を手に取って、ドアに手をかけた。
「待てよケンバート!」
「待てるか!一刻も早くマリンを救い出さなければ…ルイ!行くぞ!」
「待てって!今行っても屋敷に忍び込むことはできねーよ」
 ドアとケンバートの隙間に入りこんだキルが身体をはって動きを制する。
 ようやくキルの言葉に耳を傾ける気持ちになったケンバートがすっと頭を下げた。
 マリンの事となると感情を抑えることができない事を改めて自覚する。
「すまん、取り乱してしまったな…」
「いや、かまわないさ。そんなに大切な人なんだな、マリンさんは」
「ああ、一生を懸けて守ると誓った」
 ケンバートの叫び声にエルメスと話しをしていたルイもドアの近くまで来る。
 今までのやりとりを知らないせいか困ったような表情でケンバートとキルを交互に見つめた。
「ルイもすまない…」
「どうしたのですか、ケンバート?あなたの風が乱れています…」
 いつも落ち着いた風を発していたケンバートが、先ほどの一瞬は嵐のように激しい風を発したことに
ルイは心配そうな表情を浮かべていた。
「心配しなくても大丈夫だ。もう少し経てば落ち着くから…キル、続きを聞かせてくれ」
「ああ、もちろんだ。俺達にも協力してもらいたいからね、あんた達には」
 今度はルイもケンバートの隣に腰を下ろすと、キルの話に耳を傾けていた。
 エルメスは奥のキッチンで夜に食べる食事を用意しているようだ。
「協力とはどういうことなんだ?君達もメロキーナから何か危害を加えられたのか?」
 ケンバートもどうにか自分の気持ちを落ち着かせると、先ほどから感じていた疑問を口にした。
 その言葉に今度はキルが表情を険しくさせ、拳をテーブルの上で強く握りしめた。
 抑えきれない怒りがその拳を小刻みに震えさせる。
「俺達の両親がメロキーナの手にかかって殺されたんだ」
「…復讐をメロキーナに…と?」
 押し殺した声でキルがそれだけを口にすると続きをシルバーが語り始めた。
「キルとエルメスの両親はメロキーナの悪事を調べあげて…その事実を国へ報告しようとしたそうなの。
それを事前に知ったメロキーナに彼らの両親は…」
 はっきりと口にすることを避け、シルバーは口篭もる。
 四人の間に重い空気が流れた。
 その沈黙を破ったのはケンバートだった。
「…キル。君の目的が復讐だとするのなら、俺達は協力できない」
 俯いたままのキルを正面から見据えてケンバートは強く言い放った。
 メロキーナにどんな罪があろうとも、人を殺すことは大陸全土で禁じられていることである。
 神に仕える自分が復讐という殺人行為に協力することはできない。
「違います!」
 キッチンからいつの間にか部屋へ戻って来ていたエルメスが悲痛な声を上げた。
 穏やかな彼女とは思えないほど険しい表情でケンバートを見つめてくる。
 先ほどまでのエルメスとの違いに驚いた表情をするケンバートとルイは口を開くことができなかった。
「私達は両親の遺志を継いでメロキーナの悪事を国へ報せ、彼をこの村から追放したい!これが私達の“復讐”なんです!」
 息を荒げ、肩を揺らすエルメスの傍にシルバーが歩み寄るとそっと肩を抱いた。
 ぽろぽろと少女の瞳から涙が床に零れ落ちる。
「エルの言った通りだ…これでも俺達と協力はできないかな?ケンバート・・・それにルイも」
「僕は彼らを手伝ってあげたいと思います…メロキーナという人間の元にマリンがいるというのなら行く場所は一緒です」
「ありがとう、ルイ…」
 シルバーがエルメスを抱き締めたままルイに礼を言い、視線をケンバートに移す。
「わかった。ルイが君達に協力するというのなら、俺も協力しよう…だが殺しはさせない」
「殺さないさ…奴に今までの罪を“死”という形で償わせる気はない」
「兄さん」
 涙を拭ったエルメスがシルバーから離れてキルに寄りそう。
 心細そうな表情を見せる妹にキルは力強く笑顔を見せて頷いた。
「大丈夫さ、今度はきっとうまくいく。シルバーに、もう一人のエルフと神官戦士様もついているんだからな。
お前は大人しく留守番を頼む」
 お互いの目的に向けて協力を約束した彼らは、お互いの顔を見つめて無言で頷くと、メロキーナの屋敷に潜入する時を待つ。
 エルメスの用意してくれた食事を食べながら作戦を立て、ついに決行の刻が迫っていた。



「それじゃあ、行ってくるわねエル」
 シルバーが夜仕様の服に着替え、耳を隠すための布を頭に巻きつけながら口を開く。
 キルも暗闇にまぎれるために黒いローブに身をつつみ、護身用の短剣をベルトに装着した。
「そんな心配そうな顔をするな。俺達はきっと無事に帰ってくる」
「エルメス、キルの言う通りだ。兄さんには俺達もついている…必ず無事に帰るよ」
 武器を手に持ち、エルメスに笑いかけた。
 一瞬その表情に頬を赤らめたがすぐに表情を引き締めてエルメスは頷き、不安そうな表情を見せるルイの手を握った。
「ケンバートさんもルイさんも…兄さん、シルバー…気をつけてね。絶対無事に帰って来て」
「はい」
 エルメスの手を軽く握り返して、ルイは柔らかく笑った。
 これから危険な場所へ赴くとは思えないような穏やかさだった。
「じゃあ、行ってくる」
 キルの言葉を最後に四人はエルメスを家に残し、メロキーナの屋敷に向かった。
 村の民はすでに眠りについた時間で、村中は闇と静寂に包まれている。
 足音を立てないように歩を進めていく一行の動きだけが、闇の中でうごめく。

 しばらく通りを歩いていくと、村の一番奥に村に似つかわしくない様相の大きな屋敷が一行の目前に現われた。
 間違いない、メロキーナの屋敷である。
「ん?門の近くに誰かいるわ…」
「そうか?誰も見えないが…」
 先頭を歩くシルバーが立ち止まって屋敷の門を指差す。
 しかし、夜目の利かないキルとケンバートは首を傾げた。
 エルフは夜も視界が明るい。
 当然、シルバーが見える物はルイにも見えていた。
「シルバーの言う通りですね…門に男性が一人いるようです。彼の足元に人が倒れていますよ」
 ゆっくりと門に向かって歩を進めはじめたルイとシルバーにキルとケンバートは続く。
 ここは良く見えているエルフ達の指示に従った方が得策だと判断したからだ。
「あっ、あちらも私達に気づいたみたいよ」
 門の前に佇んでいた人物がこちらの気配に気づき、音も立てずに歩み寄ってくる姿がキルとケンバートの目にも映った。
「メロキーナの手下なのか?」
 ベルトの短剣を握りしめ、いつでも抜けるように構えたキルを制して、
シルバーが友好的な態度で近付いてきた人物に両手を挙げて敵意がない事を示した。
「シルバー?おいっ大丈夫なのかよ」
「ええ、大丈夫よ。彼は少なくとも敵じゃないみたい」
「なぜ?」
 冷静に状況を見詰めていたケンバートが近付いてくる人物を警戒しながら問い掛けた。
「ルイが言ったでしょ?彼の足元に人が倒れてるって。倒れているのは、門番達よ」
「そうなのかルイ?」
 確かめるようにケンバートがルイに問い掛けたが、ルイが倒れている人間がメロキーナの手下かどうかは判断できず、
口篭もっていると近づいてきた人物が低い声で話しかけてきた。
「お前達は何者だ?この屋敷の者か?」
 遠くから見た時には感じなかったが、男の纏う気に一行は一瞬息を呑んだ。
 男はかなり大柄で、仲間達の中で一番長身のケンバートよりも高い。
 暗闇の中でもわかる真っ黒な長髪を後ろで束ねて流している。
 皮製と見られる鎧の上から暗い色のマントを羽織り、地面につきそうなほどの布が巻きつけられている腰からは、
振るうにはよほどの鍛錬が必要と思われる大剣が下がっている。
 何よりも男の発する迫力に気圧された。
「…あ…あんたは違うのか?」
 短剣を握り締める手からじんわりと汗が滲み出すのを感じ、キルは警戒しながら言葉を発した。
 目の前にいる男からとてつもない気を感じる。
 逆らえない何かがこの男から感じられた。
「この屋敷に用事があって来たのだが。あいつらが邪魔したもんでな…ああ、安心して良い。
音は立てていないから屋敷の者には気づかれていないよ」
 髭を蓄えた逞しい顔つきをした男が一行に笑いかける。
 右目に大きな傷痕があるにも関わらず、その表情はとても悪事を働くような輩には見えなかった。
 その証拠に人間の発する気に敏感なルイが普通に男と向き合っていることからもわかる。
 それがわからないキルやケンバートは、警戒心を解くことはできなかった。
「あなたもこの屋敷に用事が?私達もなの…今夜しかチャンスがなくて、悪いけれどあなたは次の機会にしてくれないかしら?」
 マリンを審査される前に救い出す機会は今夜しかない。
「どんな事情かは知らないが、どうやら急いでいるようだな」
「ええ」
 男はふむと顎に手を添えて少し考えるような素振りを見せた。
 何度か夜空と地面を見比べ、次にルイやシルバーを見つめ、頷いた。
「わかった、ここは俺が引こう。俺は別に確証があってここへ来たわけではないしな」
「ありがとう」
 何かに納得した仕草をする男に礼を述べるシルバー。
 少し後ろで頭をちょこんと下げたルイに男は再び笑みを向けて
「では、またどこかで会おう諸君」
 手を軽く振りながら一行の脇を通りすぎ、男は村の通りに向かった。
 すぐにその姿は闇に消え、男の後ろ姿を見送った一行は顔を見合わせた。






NEXT 第ニ章 第六話へつづく