■ 『 第三章 第一話 』 文/水天宮拓仄

 デンマー王国の王都デマとチェンリンに程近い街・デマールの中間地点にある険しい山間に、
旅人から恐れられている山賊がアジトを構えていた。
 アジトは大きな洞穴を利用し、一番奥の広い空間を頭領が使い、
残りの小さな空間や大きく開けたスペースに十数人の山賊達が使っていた。
 ゴツゴツとした岩肌を削り、平らにした上に質素な家具を置いたり布を敷くなどして使っている。
 このアジトに住む山賊達の頭領は若い女で、名前はミリーと言った。
 今、ミリーは一仕事を終えてアジトの自室で奪った金品を前に笑みを唇に浮かべていた。
 床の上に粗末な布を敷き、その上に金品や古めかしい書物が乗せられている。
 鼻歌交じりに仲間達に渡す分を仕分けしている最中だ。
「これが…こっちで、これが、ここだな。で…これはあたしが貰うかな」
 布の上に広げられた金品が次々に小分けにされ、布の上に残った物は古い書物一冊と
なんらかの文字が彫りこまれた宝石がついたブレスレットが一つ。
「残りはあいつの分だね」
 呟いてミリーは書物とブレスレットを取り上げてテーブルの上に置き、手を数回叩いた。
 彼女の正面にある扉代わりに使っていたボロ布がゆれ、部屋の中に三人の男達が入ってきた。
 奪った金品はそう多くはなく、一度の略奪で仲間全員に分配する事はできない。
 そこでミリーは稼ぎに出る順番を決め、奪った金品は仕事をした者達に働きに応じて分配していた。
「お頭、お呼びで?」
「ああ。今日の取り分を渡そうと思ってね。ご苦労だった皆」
 にかっと笑い、部屋に入ってきた仲間に労いの言葉をかけながら金品を手渡す。
 三人は笑みを浮かべて礼を述べると次々に部屋を出ていく。
 最後に出て行こうとした男を呼び止めた。
「カティスを呼んできてくれ」
「へい」
 男が部屋から立ち去るとミリーは手早く髪を手で梳き、ベッドの上に放り出してある鏡を手に持ち自分の顔を見つめた。
 しばらく待つと部屋へ近づく静かな足音に気づく、布が揺らぎ姿を表したのは長いローブに身を包んだ男だった。
 白いローブに同色のマントは少し薄汚れた感じはするが、男のどこか気品を感じさせる雰囲気で汚れも気にならない。
 薄紫色の髪は軽くウェーブがかかり、腰のあたりまで伸ばしていた。
「カティス!今日の取り分だよ」
 嬉しそうにテーブルに置いてある書物とブレスレットを手に取り、カティスと呼んだ男に駆け寄ると取り分を渡す。
 先ほどまでの鋭い視線も消え、そこには一人の女がいた。
「ありがとう。いつも助かるよミリー」
 にっこりと笑うと書物とブレスレットを持つミリーの手を大きな手で包み込み、きゅっと握る。
 山賊の頭領とは言えミリーも女だった。
 好きな男に手を握られれば嬉しいし、頬を赤らめもする。
「喜んでもらえて何よりだよ。気に入ったかい?」
 握っていた手を離し、受け取ったばかりの書物をパラパラと捲るカティスにミリーは椅子を勧めた。
 差し出された椅子に腰を降ろし、書物に視線を落す。
「ミリーこれは…すごいですよ」
「なにが、どうすごいのさ?」
 カティスの後ろから顔を覗かせて文章を目で追うが、ミリーには何が書いてあるのか見当もつかない。
 それはそのはずで、書物は魔術を心得ている人間にしか読めない言語によって書かれていた。
「これは、百年以上も前に“ラーズルの塔”に入り、生還した魔術士が書き残した複写本です」
「“ラーズルの塔”ってチェンリンのジール湖にあるヤツかい?」
 ミリーの言葉に頷くと興奮気味にページを捲り、文面を目で追う。
 “ラーズルの塔”は、カティスの出身地でもあるチェンリン王国のジール湖に聳え立つ古代の塔である。
 この塔は足を踏み入れた者、ことごとくが生きて帰れないと言い伝えられており、
塔を管理している王族ですら滅多に入る事はない。
 言わば、湖上の秘境といった未知の建造物であった。
「なるほど…一度、行ってみたいですね」
 パタンと書物を閉じてテーブルにそっと置く。
 複写本とは言え、制作されたのはおそらく何十年も前の物で貴重な物であることには変わりない。
「何か面白そうな事でも書いてあったの?」
 好奇心を煽られたミリーが椅子に座ったままのカティスを背後から抱きしめながら、少し甘えたような声を出す。
「あの塔には古代の秘宝が数多く保管されているようですよ。それに、上に行くごとに宝の価値も…ね」
 背後のミリーに笑顔を向け、彼女の両腕を軽く振りほどくと椅子から立ち上がる。
 何か考え事をしている表情を見せるカティスを見上げ、ミリーはテーブルに置いてあるブレスレットを手に取った。
「これ、よくわからないけど魔法具だろう?あんたに似合うと思って、取っておいたよ」
 その声に視線をミリーの手元に落すと、ブレスレットを受け取り部屋を照らす灯りにかざす。
 宝石の中に彫りこまれた文字を読み、己の左腕に装備した。
「確かにこれは魔法具ですね。魔力を増強するスペルが彫りこまれています。ありがとう」
 ミリーの手を取り、手の甲に唇を落す。
 優雅な身のこなしに慣れた仕草がカティスの育った環境が、身分の高い一族だと思い知らされる。
 物心ついた頃から山賊稼業に身を置いていたミリーとは天と地とも差のある身分のカティスに彼女は憧れ、恋心を抱いていた。
「いや…あんたとの約束だしね。遠慮なく貰ってくれ」
 チェンリン王国の貴族出身のカティスがミリーや山賊達と共に生活している理由について語っておこう。


 約四年前・チェンリン王国チェコンの街。
 チェコンの街で王から統治を任されている一族の長男としてカティスは生まれた。
 この街の統治者は、二年に一度行われる武術大会の優勝者と決まっている。
 カティスの一族は、祖父の代より武術大会で一族の長が優勝を続けていた。
 実力を第一と考えるチェンリン王国では、力のある者が地位を得る事ができた。
 ほとんどの貴族は一代限りのものとなり、数年の間に貴族と言われる階級が次々に入替るような国である。
 そんな中で、同じ一族の中で何代も継続した形で実力者が生まれる事は珍しい事であった。
 祖父、父親ともに武術で今の身分を手に入れた一族に生まれたカティスも、当然武術を幼い頃から
身に付けるために厳しい訓練を課せられたが、彼が七歳の時に学問の面白さに気づき、武術を捨てる決心をした。
 一族の反対を押し切り、魔術を独学で学び続けていたある日。
 二年に一度開催される武術大会へ、両親が勝手にカティスの出場登録をした事がきっかけに彼は家を飛び出した。
 カティスは人を傷つけ、時には命を奪う武術を嫌っていた。
 魔法ならば人を傷つけずに争いを止める事も、争いを未然に防ぐこともできる手段だと信じている。
 また、彼自身も肉体的に武術には向いておらず、幼い頃に受けた訓練もほとんど身につかないまま成長した。
 家を飛び出した時、カティスは二十五歳。十分一人で生きていける知識も力も身に付けていた。
 生まれ育った街・チェコンを飛び出したカティスは砂漠の街道を使い、
チェーロンを抜けて魔術をさらに勉強する為に神聖王国フォーリーを目指して旅を続けていた。
 小さい頃から学問や魔術ばかりを身につけていたせいか、カティスは馬に乗ることもできずに徒歩での一人旅。
 貴族として生まれ育ったカティスにとって一人旅は苦労の耐えないものであったが、
持ち前の美貌と調子の良さが手伝って、立ち寄る街や村では快適に過ごすことができた。
 そして、カティスがデマールからデマへ向かう途中の山道で事件が起こった。
 山道を一人で歩くカティスの前にミリー率いる山賊達が総勢五人で現れたのだ。
「大人しく金目の物を全部出しな!素直に従えば殺しはしないよ」
 男達を後ろに従え、美人の部類に入る女がカティスに向かって威圧感を込めながら言い放った。
「ああ…もしかしてあなた達は、山賊ですか?困りましたね…」
 ローブの中に腕を入れ、懐から木で作られた短めの杖を取り出し、ぎゅっと握る。
 今まで、ずっと魔術の勉強はしてきたがカティスは自分で魔法を使った事がなかったのである。
 このままいくと自分は山賊達から身を守る為に魔法を使う事になるだろう。
 そうなると、自分が使った魔法によって彼らがどうなるかも予想がつかないのである。
 人を殺すような魔法はまだ使えないが、加減を間違うと自分の身も危なくなる。
 なんとか穏便に済ませたい所だが、あいにく家を出てからおよそ一年にわたる旅で、
路銀もつき身に付けていたアクセサリーも路銀に消えていた。
 後は護身用に身につけている短剣と、手に握る杖くらいしか今のカティスには金目の物が無い。
 短剣は一族の紋章が入った大切な物であるし、杖は魔力をコントロールする為に不可欠な物で手放す事はできないのだ。
 
 一方、身なりの良いカティスを前にミリーと山賊達は嬉しそうに目を輝かせていた。
 この道は、チェンリンやデマールから神聖王国フォーリーに向かう為に絶対に使う道で、
通る人間も神官や神官見習いなどの未熟な者が多い上、神官や神官見習い達は貴族出身者が多い。
 ミリー達にとっては絶好の仕事場と言えた。
「さあ、早く出しな!あたし達は気が短いんでね!」
 腰から下げた曲刀を抜き放ち、カティスに近づきながら下から凄みをきかせるミリーに微笑みながら、
両手を挙げて戦意が無い事を伝えてみるが、山賊にとっては戦意があろうがなかろうが金品さえ手に入ればそれで良いのだ。
「待ってください。私は何も持っていません…見逃してもらえませんか?」
 山賊達の頭と見受けられるミリーにはにかんだような笑顔を見せ、すっと手を差し出す。
 その行動にミリーは後ろにすばやく飛び、着地と共に曲刀を構え鋭い視線をカティスに向けた。
 彼女の左右と後ろで、それぞれの獲物を手に持ちカティスの動きを警戒する山賊達をぐるりと見渡し、
大きな溜め息をついて杖を握る手に力を込めた。
「仕方ありませんね…」
「大人しく渡す気がないなら、あんたを殺して勝手に貰うことにするよ!」
 その言葉を合図にミリーの横に構えていた男がカティスに向かって短刀を投げる。
 それを慌てた様子で避けるとカティスは杖を胸の前で水平に持ち、小さく唇を動かした。
 慣れないスペルをたどたどしく詠唱していく。
 今にもミリー以外の山賊達が彼を取り囲もうとした時、全員が突然地面に吸い込まれるように倒れた。
「な…ど、どうしたんだ!お前達!」
 焦ったミリーが目の前で倒れた男に近づいていくと、それをカティスが制した。
「動かないでください!」
「…お前、魔術士なのか?」
 初めて目の当たりにした魔法にミリーは怯えていた。
 小さく膝が震え、先ほどまでの威勢の良い声も表情も失われる。
 怯えるような目で倒れた山賊達の中央に佇むカティスを見上げた。
「ええ。まだ、駆け出しの身ですが」
「…魔法とはすごいモノだな」
 倒れた仲間達が呼吸をしている事がわかるとほっとした表情を見せ、ゆっくりとカティスに近付いていく。
「さて、私をこのまま見逃していただけませんか?頭目さん」
「私の名前はミリー。この山にアジトを構えている。どうだい?あたし達の仲間にならないか?」
 今度は可愛らしいと思えるほどの笑顔でカティスを見上げ、腰に下げていた布袋の中から指輪を取り出した。
「これは魔法具だ。あんたみたいな魔術士見習いには、もったいないシロモノだよ」
「私を買いたいとおっしゃるのですか?」
 ミリーの掌にある指をつまみあげ、陽の光にかざして様々な角度で見つめる。
 確かに彼女が持っていた指輪は、なかなかの力を持つ魔法具である事に間違いないようだ。
 どんな効力を持っているのかは、詳しく調べてみないとわからないが見習い魔術士が簡単に手に入れられるような物ではない。
 「これは、どこで手にいれたのですか?」
「ああ、三日前にここを通りかかった司祭一行を襲った時の戦利品さ。あたしと組めば、貴重な道具も簡単に手に入る」
 その言葉にカティスの心が揺らいだ。
 魔術を学びながら彼は魔法具にも興味があり、チェコンにいた頃は高価な魔法具をいくつか手に入れた事もあった。
 だが、それも旅をしていく中で路銀となり失われて久しい。
 神聖王国フォーリーに行ってもあてがあるわけでもなく、ただ漠然と思いついた旅の目的地。
 フォーリーで何を成すのかもわからないまま過ごすより、ここで珍しい魔法具を集めて研究した方が、
よほど楽しい生活を送れるのではないか?
 カティスの心にそんな事が巡り始める。
「あたし達の仲間には魔法を使える人間がいなくて不便だったんだよ。
あんたは、襲う連中の中に魔法を使う人間が居たときの用心棒をやってもらいたい」
 ミリーの言葉を無言で聞きながらカティスは迷った。
 山賊という事は、罪も無い旅人を襲い殺して金品を略奪する生業。
 自分の力を試す絶好の機会ではあるが、人を殺す事だけはどうしても許せない行為である。
 そこで、カティスはミリーに用心棒をする条件を出すことにした。
「悪くないお話ですが…一つ条件があります」
「なんだい?」
「人を絶対に殺さない事」
 その言葉にミリーは驚いた表情を見せる。
 山賊が殺しもせずに略奪ができるものか。と言うのである。
「無理だね。殺さずに金品だけを奪うなんて器用な真似できるわけないだろ」
 両手を広げ、呆れた様子でカティスを見つめ、意識を取り戻し始めた仲間達の様子を見て回る。
「大丈夫かい?」
「あ…ああ、頭。頭がぼーっとするけど…なんともないぜ」
 頭をさすりながら一人、また一人と倒れていた山賊達が身を起こし、カティスをにらみつけた。
「てめぇ!一体何しやがった!」
 いきり立った四人がカティスに詰め寄る所をミリーが制す。
「あんた達は魔法で意識を奪われただけだってさ。それより、少し黙ってな!今、商談中だ」
「え?」
 山賊達から視線を再びカティスに戻しミリーは腕を組んで、頭を捻った。
「あんたなら、殺さずに仕事ができるって事?」
 その言葉にカティスが微笑むと、ミリーの心臓がドキリと跳ね上がる。
 胸の動悸を抑えながらミリーはカティスに手を差し出した。
「商談成立だな。兄さん、名前は?」
「カティスと申します」
「頭!どういう事です?」
 気を失っている間に起こった出来事を理解できずに四人の山賊達はカティスとミリーを見つめた。
「ミリーさん、みなさん。よろしくお願いします」
 にっこりと笑顔を五人に向け、チェンリン王国流の挨拶を優雅にこなしたカティスは、
この時からミリー達の用心棒となった。


 ミリーの部屋で書物に書かれていたラズールの塔について語らっていた二人の下に
山賊の見張り役の男が慌てた様子で駆け込んできた。
「頭!」
 布をバサリと払いのけ、息を切らして入ってきた仲間を軽く睨みつける。
 楽しいひと時を邪魔された事に対する怒りが表情に表れた。
「騒がしいね。そんなに慌てて、どうしたんだ?」
「ここの近くの山道に獲物が入りこんでますが、どうしましょう?」
 山賊達は一日一稼ぎと暗黙の了解で動いていた。
 だが、見張りの男が駆け込んできたことから、その獲物は相当な大物だと予想できる。
「どんな連中だい?」
「神官と神官戦士と見られる男女と、頭から布をすっぽり被っているのが二人です」
「神官と神官戦士ですか…おそらく大神殿に巡礼へ向かう途中なのでしょう…後の二人は護衛か何かでしょうか」
 カティスなりの推測を聞き、ミリーは組んでいた腕を解いた。
「神官戦士付きって事は…身分の高い神官だね。大物かもしれない…行ってみるか。用意しな!」
 ベッドの上に投げておいた愛刀を腰に釣るし、皮製の胸当てを手早く身につけるとミリーは部屋を飛び出していった。
 その後ろからゆっくりとした歩調でカティスが続く。
「どうやら、もう一仕事のようですね」
 ふうっとため息をついて、山賊生活で入手した長い杖を手に持ち、アジトの出口に向かった。
 

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第三章 第ニ話へつづく