■ 『 第三章 第二話 』 文/水天宮拓仄

 ルイ、ケンバート、マリン、シルバーの一行は、
チェンリン王国・チェーロンでキルとエルメスに別れを告げ、
数日後には神聖王国フォーリーへと続くデンマー王国・デマールに滞在し、
本格的な旅支度を整えながら慣れない旅に疲れた体を癒していた。
 一行が滞在するためにデマールの中では中程度の規模を持つ宿屋に部屋を確保していた。
 デマールに辿りついてから今日で二日目。
 一行は久々に得たおいしい食事と温かい寝床のおかげで、良い目覚めを迎えていた。
 宿屋の一階は、日中は食事処となり夜は冒険者が多く集まる酒場となっており、基本的な施設である。
 朝食を取るために宿屋の女将に案内された丸テーブルを囲むように座った一行の顔から疲れの色はほとんど無く、
さわやかな表情を見せていた。
「クルタを出てから初めてだな…こんなにまともな生活をするのは」
 軽く笑みを浮かべながらケンバートが呟き、それにマリンも頷く。
「ケンバート様、よく眠れましたか?」
 隣りに座るマリンが顔を覗きこみ微笑みかけてくる。
「ああ。お前もようやく落ち着いて眠ることができただろう」
「ええ、もちろんですわ」
 笑顔で言葉を交わすケンバートとマリンを見つめ、
シルバーは隣りに大人しく座ってるルイにチラリと視線だけを向けた。
 その視線に気づいたルイが薄く微笑みながら首を傾げる。
「シルバーさん」
「え?なに?」
 一緒に旅をするようになって数日、ルイは昔と同じで道中も野営中も口数が少ない。
 記憶を失っていても根本的な部分が変わっていない事を感じとっていたところに、突然彼の方から話かけてきたのだ、
シルバーが少なからず驚くのも無理は無い。
 驚きつつも、話かけるのはいつも自分からだったシルバーは目を輝かせながら次の言葉を待つ。
「あなたは以前の僕を知っていると言っていましたよね」
「うん、知ってるわ」
「その時の僕と今の僕はどう違うのですか?」
 その問いかけにシルバーはほんの少しだけ間をあけて唇を開いた。
「そうね、本質的には変わっていないわ。あえて言うなら、使う魔法が違うだけかしらね」
「以前の僕も魔法を使っていた…」
 両の掌を上に向け、しみじみと見つめるがそこには何も感じられない、
目が覚めた頃より自分の周りにいた風の精霊がいたずらをするような表情で、掌に乗って笑っていた。
「その子が見えるんでしょ?」
 二人以外には何も見えない空間をシルバーは指さすと、コクンとルイは頷いた。
「あなたは精霊使いよ…それも、かなりの使い手だった」
「精霊魔法…僕は使い方を知りません」
 ふっとルイが息を吹きかけると風の精霊はふわりと宙に舞い外へ飛び出していった。
 精霊を視線だけで見送りながらルイは何かを思い出そうとしたが、脳裏には何も浮かばない。
「使う…とは感覚が違うわね。精霊にお願いするって感じかしら?」
 物心つく前から自然に精霊と触れ合うエルフは特に精霊魔法を勉強するでもなく他に習うわけでもなく、
ある程度使いこなすことができた。
「それは…」
 ルイが何かを言いかけた時、四人のいるテーブルに宿の女将が軽食を両手に持つトレイに乗せてやってきた。
「はい、おまちどうさん!ゆっくりしていっておくれよ」
 目の前には、鳥の卵で作ったスクランブルエッグとソーセージを軽くあぶって野菜ベースのソースがかけられた二品が
一つの皿に乗せられ、もう一つの皿にはこの大陸で主食とされるパン。
「ありがとう」
 手を軽くあげて礼を告げるケンバートに明るい笑みを見せて、次の料理を運ぶ為に厨房へと戻っていった。
 女将を見送り、四人は同時に切り分けられたパンに手を伸ばしていた。


 食事を終え、部屋に戻ってきた一行はベッドに腰かけ、椅子に腰を下ろし、思い思いの場所で寛いでいる。
 窓際に椅子を置き、外の様子を眺めていたシルバーは頭に巻いていた布を取り去っていた。
 部屋は宿屋の二階であり、道を歩く人間に尖った耳を目撃される可能性も低い為か、ケンバートも特に何も言わなかった。
 一方、ルイは目だけを残して耳も頭もすっぽりと布に覆われている。
 窓際のシルバーへ歩み寄り、彼女の脇で立ち止まった。
「あの…」
「ああ、さっきの続きね?」
 椅子から立ち上がって窓枠に腰を下ろすとシルバーはさきほどまで自分が座っていた椅子をルイに勧める。
 素直にそれに従い、互いの体が触れ合うほどに近い位置でしばしの沈黙が流れた。
 シルバーは何から言えば良いのか迷っていた。
「精霊魔法の使い方を知りたい?」
「必要ならば」
 少し高い位置にあるシルバーの視線に合わせて瞳に光を宿す。
「必要かどうかはあなた自身が決める事。今は属性魔法も使っていて何か不便を感じる?」
「いいえ。不便と感じる事もありませんが、便利とも感じません。僕に魔法が必要なのかどうかもわかりません」
 瞳を伏せ、膝の上に置いた両の掌を見つめぐっと握り締めた。
 メロキーナの屋敷内や道中で仲間の助けになるならばと何度か属性魔法は使っていた。
 だが、そのいずれも自分自身になじまない様な感覚がいつも付きまとっている。
 そもそもエルフ達は人間が用いる属性魔法を嫌っており、
使い方を知る者でもよほどの自体にならなければ使うような事がない。
 かつてのルイも強力な属性魔法を使おうと思えば使えるほどの魔力や知識を持っていたが、
使う事は彼女が知る限りではなかった。
「それでは、駄目ね。自然に理解できるようになるまで待つのが一番良いわ。
私達エルフは誰に教わる事なく精霊と会話し、その力を使役する事ができる種族なのだから。
今のあなたは、人間でもないし、エルフでもないのよ」
 シルバーの言葉に目を伏せ静かに聞き入っていたルイがふと顔を上げた。
 ほぼ同時にシルバーも窓の外へ視線を向ける。
 何者かが窓際に座るシルバーと彼女に侍るルイを見つめていたからだ。
 その視線は眼下の路地ではなく、やや斜め上から感じる。
 明らかにこの部屋を一望できる建物の上からであった。
「……」
 ゆっくりと首に落としていた布を両手で頭に巻きつけ、鋭い耳を隠しながら視線を感じる方へ視線を流す。
 三軒先にあるルイやシルバー達が滞在する宿屋より、
一階分ほど高い屋根の上に人影が衣服を風にはためかせこちらを見つめていた。
 遠目には男か女なのか、若いのかそうでもないのか判別が難しいが、シルバーには精霊の力を借り、確認する事ができた。
「若い…男?」
 長いマントを翻し、かなりの大剣を携えた人物はケンバートと同じかそれよりも若干若い程度の美しい青年だった。
 少し濁った金の長い髪をなびかせながら、しばらくの間窓際の二人を見つめ、身を翻した。
 すばやい動きで屋根の上を跳躍し、瞬く間に姿を消した青年が何者かはまだわからない。
 視線に気づいた時はすでに青年はこちらを見ていたはずで、シルバーはエルフの証である鋭い耳を見られていた。
 だが、その青年の表情に驚きの色はなく、どこか懐かしそうな色を湛えていたのだった。
「見られちゃったわね」
 ベッドに腰を下ろし、地図を広げていたケンバートが目を吊り上げる。
「いくら部屋の中とはいえ、誰が訪ねてくるかもわからないんだ。せめて耳くらい隠しておけよ」
「だって、こんなの巻いてると熱くて仕方ないのよ」
 頭全体を包む布を取り払おうとしたシルバーは窓際から立ち上がると、
部屋の中央にどかりと座りこんで手に持っていた布を床に放った。
 ふわりふわりと布が落ちると、マリンがそれを手に取って、
丁寧に折りたたんでシルバーが使っているベッドの上にそっと置いてくれた。
「ありがと、マリン」
 その言葉に微笑むとマリンは口を開いた。
「シルバーさん、今度髪の毛を伸ばされたらいかがですか?きっとお似合いだと思うのだけど」
 髪を伸ばせば、その髪で鋭い耳を隠すことが可能だと考えての発言だったが、それはすぐにシルバーに却下されてしまう。
「長いと動きにくくて駄目なのよ、私。昔は長い時もあったんだけどね」
「そうですか…シルバーさんの銀髪はとても綺麗だと思ったのだけど残念です」
「ごめんね」
 そんな会話がされている中、ルイは1人窓の外を見つめながらシルバーに言われた言葉を頭の中で重複していた。
“人間でもないし、エルフでもない”
 だったら自分は一体何者なのか?
 記憶もなければ、自分が何をする為に目覚めたのかもわからない。
 目的地である、神聖王国フォーリーという王国へ行けばそれらがはっきりする保証もない。
 暗く沈んだ瞳で道行く人々をなんとなく見つめていた。


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第三章 第三話へつづく