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| ■ 『 第三章 第三話 』 文/水天宮拓仄 |
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ここはデマールにある宿屋の一室。
部屋の中央に地図を広げて座り込んでいる四人がいた。
「あんた達の目的地はフォーリーの大神殿って事だけど、そこまでどうやって行くの?」
「どうって徒歩で行くしかないだろう?」
シルバーの言葉に当然だろうという表情でケンバートが応える。
「まあ、歩いていくのはそうでしょうけど。そういう話じゃなくて」
一行の中で一番旅慣れているのがシルバーである。
かつてはルイも旅には慣れていたはずだが、今は記憶がないために何をやらせても人並み以下の事しかできなくなっていた。
「フォーリーへ入るためには、通行証が必要なの。
神殿からの紹介状を持っているマリンやケンバートは無条件で入国できるけど、私とルイはそう簡単にいかないわ」
「入国する為に王国の許可がいるのか?」
「あきれた…そんな事も知らないで旅に出たの?まあ、あんた達は要らないからでしょうけど…これって一般常識よ」
呆れた表情を見せて両腕を組みながら地図に視線を落としながら指を紙に描かれている大陸の中央をそっとなぞらせた。
「やっぱり樹海を抜けるしかないか」
「樹海を?それは危険すぎますわシルバーさん。樹海は方向を狂わす魔力が宿ると言い伝えられていて、
一度中に入った者は二度と出て来れなくなります」
マリンが地図に置かれたシルバーの手を持ち、ぎゅっと握る。
「大丈夫よ。あの樹海は私やルイの故郷があるの」
「あの樹海に住んでいるのかエルフ達は」
興味を覚えたケンバートが地図に目を落とす。
「ええ。だから人間が樹海へ足を踏み入れると迷うようになっているの。
私が生まれるずっと前のエルフ達が樹海に施した魔法…というか“呪”に近いものね」
「…その方がお互いの為だと思ったのだろうな、昔のエルフ達は」
「昔って言っても彼らはまだ生きているわよ。長老クラスの嫌な連中だけどね」
「まあ・・・エルフ達は永遠の命を持つと言い伝えられていますけど、本当なのですね」
シルバーをマリンが羨ましいような言葉を発すると、ふとシルバーは寂しそうな表情になった。
「永遠ってわけじゃないけど、永遠に近いわね私達の寿命は…でも、そんなに良いものじゃない」
「でも、長い時間を使って有意義に過ごせますわ」
「大半のエルフは生きる目的なんて持っていないわ。ただ、生きているだけなのよ。永遠に近い時間を持つゆえに」
「僕も永遠とも呼べる時間を過ごしてきたのでしょうか?」
ふと自分の事に興味が出たのかルイが静かに口を挟んできた。
「ううん。あなたは私とそう変わらないはずよ。村に生まれた双子といえば…確か私が生まれた五十年と少し前くらい」
「…双子?」
「…あっ!」
ルイの復唱にシルバーは失言を悔いた。
彼自身に関わる話は、自分で思い出すまでは決してしないように気をつけていたはずだったのに。
ついつい故郷の話や仲間たちの話をして気が緩んでしまったのだ。
「…ルイは双子なのか、シルバー?」
「本当なのですか、シルバーさん?」
3人に見つめられてシルバーはバツの悪い顔をすると、小さく頷いてそれを肯定した。
一度言ってしまった事は仕方がないと開き直る。
「僕が双子…では、もう一人はどこにいるんですか?目覚めた時、そばには誰も居なかった」
「もう、これ以上言えない…言えばあなたは彼の元に向かう事になるから」
「では、では…もう一人の名前だけでも教えていただけませんか?」
必死の表情を見せるルイに見つめられてシルバーは迷いを見せた。
「…彼の名前は“ラル”。双子の兄よ」
「ラル…兄…兄さん」
記憶に無い名前を呼ぶルイの表情には、どこか懐かしさが見える。
「何か思い出したのか、ルイ」
何度も兄の名を呼ぶルイにケンバートが問うが、彼は静かに頭を左右に振った。
「いいえ、何も。でも、この響きは懐かしいものを感じる事ができます」
床から立ち上がり、耳を隠す為に覆っていた布を取り払うと窓際へ歩を進めて空を眺めた。
「ラル…兄さん。会ってみたい…今、どこにいるんですか?」
小さく呟くとそっと瞳を閉じるルイの背中を寂しそうに見つめ、シルバーは地図に視線を落とした。
ルイの願いが叶わない事を祈った。
“ラルに会ったら、今のあなたは殺される…あいつは恐ろしい力と野望を持っているのだから。せめて記憶が甦れば…”
再びルイの方へ視線を向けると、窓から入る風を心地よく受けながら穏やかな表情を見せていた。
“あなたは私が守ってあげる。今度こそ、絶対にどこへ行くのも一緒よ、ルイ”
そう心に誓うと、気持ちを切り替えて明るい表情を浮かべて地図をトントンと叩いた。
「さ、ルートの説明をするわよ。ルイもこっちへ来て」
「はい」
振り返ったルイは窓から離れ、部屋の中央へ戻ってくるとシルバーの隣に座る。
「樹海を通るのは気が進まないけど…私達は通行証をもらえないから仕方ないわ」
「その時、僕の生まれた村にも行けますか?」
「…そんな時間は無いわ。
村へ行っても人間界で暮らすエルフは歓迎されないし、下手に長老ともめると面倒だから寄らないつもりよ」
「そうですか」
残念そうに呟くが、それ以上ごねるような事もなくルイはシルバーが指さす地図に視線を戻していた。
それにほっとするとシルバーは言葉を続けた。
「樹海にはルートがいくつかあるんだけど…四人でバラバラになるのはあまり良くないわね」
「それなら俺達も樹海を抜ければ問題ないだろう?」
簡単な事のようにケンバートが口に出すと、彼の横に控えていたマリンも力強く頷く。
「簡単に言ってくれるわね」
「シルバーさんがいらっしゃれば、私もケンバート様も同行できるのですよね?」
「…できなくは無いけど、完全に安全というわけじゃないわよ?私の力量だと」
「なら、ルイならどうだ?」
三人の会話を聞いていたルイはケンバートの言葉に目をぱちくりさせるばかりで、問いかけるような視線をシルバーへ向けた。
「ルイが完全な状態なら、安全に抜けられると思うけど…記憶が無い今じゃ魔法使えないし」
「教えて差し上げてください。シルバーさん」
見た目の清楚さとは裏腹にマリンは押しの強いところがある。
彼女が強く思う事には、従わなくてはいけないような何かを感じさせるのだ。
「…し、仕方ないわね。今回だけよ、ルイ。それにマリン」
「緊急時ですもの。それに、その魔法がきっかけでルイ様の記憶も甦るかもしれません」
にっこりとするマリンに肩をすくめるとシルバーはルイを見つめた。
魔法じたいは単純な単語を口にすれば良いのだが、それを口にした者の精霊を使役する力によって強さが変わるのである。
樹海を通る為にエルフも少なからず“呪”の影響を受けるが、その魔法を使う事によって危険を避けることができた。
ほとんどが自分自身を守るための魔法なので、さほど強い力は必要がないが複数人分の安全を確保する…
しかも“呪”に対して抵抗力が少ない人間が二人も同行するとなると、どのくらいの力が必要になるのか検討がつかないのだ。
「私とルイの二人でやれば…大丈夫だと思うけど…念のため“呪”の影響が一番少ないルートで行きましょう。
少しデマールから離れているし、山越えになるけど大丈夫?」
「もちろん大丈夫ですわ」
ケンバートを振り返って微笑みかけると彼もそれに応えるように頷くのだった。
「それじゃあ、気乗りしないけど決まりね。ルイもそれでいい?」
「はい、かまいません」
一抹の不安を覚えながらもシルバーは四人で樹海へ行く事を決意し、樹海へ入る前のルートについてを説明する。
「“呪”の影響が少ない場所は、ここよ」
シルバーの細くて白い指が、地図上のある一点を指し示す。
今いるデマールとデンマー王国の王都・デマのちょうど中間地点だ。
「デマを囲む山の中へ入り、山から樹海へ入るというわけだな?」
「その通りよ。この山は狩りに人間が入るだけで、道もほとんど整備されていない険しい山よ。
それに、近頃は山賊達も出るって話だから油断できない」
チェンロンで盗賊稼業をしていたシルバーには、賊としての情報もしっかり耳に入ってきていたのである。
「ならず者の集まりだろう。出くわしても追い返すくらいはできるはずだ」
「それもそうね。ま、出たら出たでかまわないわ、その方が路銀も稼げるし」
くすくすと笑いながら久々に盗賊としての働きができると喜ぶシルバーを複雑な表情でマリンが見つめていた。
神に仕える自分が盗賊まがいな事の一旦を担うことになるかもしれないのだから、不安も覚えるであろう。
「ケンバート様…よろしいのですか?」
耳打ちをするマリンにケンバートは無言で笑い返しながら、口を開いた。
「その時は、俺達は無関係だから巻き込むなよシルバー。こちらは神に仕える身、
いかなる者からでも盗みなど許されない…とマリンが言っているのでな」
「そんなケンバート様!」
顔を赤くしながらケンバートの顔を見つめ、シルバーの顔を見つめたマリンは顔を伏せてしまった。
「やーね、冗談よ。私は貴族以外からは盗まない。これが盗賊シルバーのポリシーってもんよ」
「…盗賊をやめるとはおっしゃらないのですね?」
伏せていた視線を少しだけあげるとシルバーを見つめるマリンにいたずらっ子のような表情を見せた。
「安心して。しばらく盗賊は休業よ。当分は一介の冒険者だから」
「という事だ、許してやれマリン」
「そうですわね…今までの過ちはこれから悔い改めれば神も許してくださいますわ」
顔を上げてシルバーをまっすぐ見つめるマリン。
その様子を不思議そうな表情でルイが見つめ、くくっと喉で笑いながらケンバートが見物していた。
「神に許される事を祈ってるわ」
笑いながら広げた地図をたたむと自分の道具袋につこっんだ。
シルバーは床に座ったまま大きく上半身を伸ばしながら、そのまま床に寝転んで天井を見つめる。
“このまま何も起きなければ良いのだけど”
身の軽いエルフには山越えも樹海抜けも造作もないが、人間にとってはかなり厳しい道になるのは確かである。
それに、シルバー自身も樹海へ足を踏み入れるのはかつてルイと共に旅をしていたニ百年ほど前以来なのだ。
魔法を使う言葉は覚えているが…精霊魔法を理解していないルイがその力を制御できるのかどうかも不安だった。
だが、ここでケンバートやマリンと離れてしまうと、ルイの記憶に関係がある大神殿へ入る事が難しくなるのは間違いなかった。
「イチかバチかやってみるか」
視界に小首を傾げたルイが映り、彼を安心させるようにシルバーは優しく微笑むのだった。
第三章 第四話につづく |
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