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| ■ 『 第三章 第四話 』 文/水天宮拓仄 |
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ここはデマールとデマの中間地点にあたる山道。
旅慣れをしているシルバーを先頭にルイ、マリン、ケンバートという順で険しくなり始めた山道を進んでいた。
デマールを出てからら二日ほど経過していた。
「シルバー、この山道を抜けるのはまだかかるのか?」
最後尾を歩くケンバートが不満そうな声をあげる。
一行は山道に入ってから丸一日、道無き道を木の枝を払い、足元に細心の注意を払いながら歩き続けてきたのだ。
「一番体力がある人間が真っ先に根を上げるとは思いもよらなかったわ、ケンバート」
「違う、俺は山道を歩き慣れていないマリンの事が心配なだけだ」
もうマリンが口を開かなくなって半日近くが経とうとしている。
決して体が弱いわけではないが、特別体力があるわけでもない普通の少女なのだ。
険しい山道を丸一日も歩いていて平気なわけがない。
「ケンバート様。私の事は心配なさらないでください・・・大丈夫です・・から」
切れる息で言葉を途切れさせながら上を向くマリンは、額にうっすらと汗を浮かべて唇を開くのも辛そうに見える。
マリンの表情を見て取ったシルバーが足を止めた。
「そうね、このまま歩き続けても樹海へ入るルートまでは半日はかかるし。ここで休憩していきましょう」
言葉には出さないが明らかにほっとした表情のマリンに笑顔を向けて、すぐ後ろを歩いてきたルイに視線を向ける。
自分と同じように深く被ったフードから覗く表情は変わりはなく、汗も出ていない様子に少し驚いた。
「疲れたでしょう?ただでさえ、こんなフードと長ったらしいマント着込んでるんだし。ここは人間も居ないし脱いでもいいわよ」
そう言いながらシルバーはフードと動きを邪魔しない程度の長さに調節したマントを地面に敷き、ストンと腰を下ろした。
「シルバー。外ではフードを取るなと言っただろう?山道とはいえ、誰かに出くわさない可能性はゼロじゃない」
自分のマントをシルバーの正面に敷き、荷物の中から毛布を取り出すと、その上にマリンを座らせた。
そして自分は彼女の隣りに地面へ直接座り込んで両手を後ろについて、ふうっと大きく息を吐き出した。
「いいじゃない。ここなら、私は町の中にいる時より人の気配に敏感よ。誰かが近くにくればすぐに被るわ」
「いいではありませんか、ケンバート様。ここに足を踏み入れるような方は私達の他にはいませんわ」
ようやくいつもの明るい表情を見せ、荷物の中から水を入れた筒を取り出すと一口、二口と可愛い唇に運び大きく息をついた。
「・・・出発する時には、きちんと被れよ」
「はいはい。わかったわよ・・・まったく、お堅いんだから」
自分の腰に紐で結んだ飲用水用の皮袋の口を緩めて、唇をつけながらケンバートを軽く睨みつけた。
三人が円を描くように座っている少し離れた位置でルイは山道から見える樹海を見つめていた。
彼の視界には広がる深く濃い緑の群れ。
記憶には無いはずの樹海をどこか懐かしそうな表情を浮かべて見つめていた。
「僕の故郷があの樹海に?」
<ええ、ルイ。あなたはあの樹海にある村で生まれ育ったのよ>
樹海とルイの間に精霊がふわふわと揺らぎながら、樹海を見つめて瞳を細めた。
「故郷の近くにいるというのに、僕は何も感じない・・・」
悲しい表情になり、精霊を見つめた彼女は何も応えてはくれなかった。
<時が来ればすべてがわかるわ>
そう言い残すと精霊は姿を消し、ルイの周囲には穏やかな風が吹いていく。
「この樹海のどこかに兄もいるのだろうか?」
誰に話すともなく呟く声を風に乗せたが、その問いに応えてくれる者はいない。
「さ、そろそろ行くわよ。こんな所で夜になったら野営もできないわ」
フードを被りなおし、マントを羽織るとシルバーが一行を見渡しながら立ち上がる。
マリンとケンバートもすぐに立ち上がると手早く準備を整えた。
少し離れた場所にいたルイも身支度を整えて待っていた。
「樹海の入り口まで休憩は取れないからね。そろそろ日も暮れてくるから急ぐわよ」
「わかった。出発しよう」
シルバーを先頭に山道に入った順番で再び歩き出す一行は、徐々に沈む太陽を背に樹海への道を進んで行く。
山道を歩き続ける一行を少し離れた岩陰から見つめる複数の視線があった。
「ふん・・・なるほど。確かにあれは神官と神官戦士・・・あとの二人は付き人という所か」
「お頭、どうします?」
女山賊ミリーが用心深く気配を消し、足場の悪い道を慎重に歩いている四人を品定めをするように見つめている。
ミリーの後ろには三人の山賊と一番後ろには用心棒をしている魔術士のカティスの総勢五人だ。
「カティス、どう見る?」
「神官の少女と神官戦士はだいぶ若そうですね。フードを被っている二人は不思議な気を感じますが・・・危険な雰囲気は感じません」
遠目で観察した感想を述べてミリーの隣りまで歩を進めてきた。
「よし、お前達でまず連中を足止めしな!その後にわたしとカティスで背後をつく」
「了解」
山賊達にとっては山道で音を立てずに歩く事はお手のものだ、二人の山賊は音を立てないように一行に接近していく。
近くに山賊達が潜む気配にシルバーはすでに気づいていた。
それは同じエルフであるルイも同じようで、周囲に視線を泳がす仕草を見せている。
「シルバーさん・・・」
「しっ黙っててルイ。みんな、ちょっとここで待っててちょうだい。お客さんが来たみたいだから」
振り向き、唇に人差し指を立てて全員に目配せする。
シルバーの意図を察したケンバートがマリンの肩に手をかけて、自分の背後へかばうように目の前に立つ。
ルイは不安そうな表情をシルバーに向け、彼女が前方に向かって駆け出した背中を見送った。
自分には何かが接近した事は気づいたが、それらが何者なのかは察することもできないし、対応する事もできない。
ただ、一行の様子から不穏な空気だけは敏感に感じ取っていた。
百歩以上進んだ大きな岩にたどり着いたシルバーは軽く地面を蹴り、岩の上に立つと驚いた表情で見上げる二人の男を見下していた。
「わたし達に何か用かしら?」
「なっ・・・貴様なんで俺達を・・・」
「同業者を甘く見るんじゃないわよ。あんた達ミリーっていう女頭目が率いる山賊でしょ?」
シルバーは盗賊として活動していた期間が冒険者としての時間よりも長い。
彼らの気配に気づいたのはエルフの能力に加えて、自分の生業で培った経験も含まれている。
「・・・見つかったからには仕方ねぇな。俺達はこの辺を縄張りにしているミリーの山賊だ!
命が惜しけりゃ金目のもの全部置いて行きな、お嬢ちゃん!」
お決まりの台詞を吐く山賊達にシルバーは怯えた様子を見せる事もなく、その台詞を鼻で笑うほどの余裕を見せた。
彼らの気配を察知し、悟られる事なく頭上にいる自分が優位なのは変わらないからだ。
それに実力も自分が彼らに負けるとは思えない。
「お決まりの台詞ね。つまらない奴らに負ける気はしないわ。そちらこそ痛い目を見ないうちに消えた方が身のためよ」
フードのせいでシルバーの顔は唇しか見えないが、その口調と引き上げられた唇から自分達が嘲笑された事はわかる。
それに腹を立てた山賊達は剣やナイフを抜き放った。
「やろう!俺達を馬鹿にするとどんな目に合うか思い知らせてやる!」
「おうっお頭達に合図だ」
一人の男が唇に指をくわえて仲間へ合図の笛を吹く。
ルイ達を残してきた周辺から草や木の枝を払いのけるような気配を感じ、シルバーは勢いよく自分が元いた場所を振り返った。
「しまった!あっちに仲間がいたのね!」
慌てて岩から飛び降りて仲間達の下に駆け寄ろうとしたシルバーを待っていたかのように、
山賊達が嫌な笑みを浮かべながら前と後ろに立ちはだかる。
「おっと、待ちな。あっちはお頭が相手だ。お嬢ちゃんには俺達が相手をしてやるぜ、大人しくしていれば痛い思いをしなくてすむ」
ナイフを見せびらかしながら目の前にいた山賊が近寄ってきたがシルバーは冷静だった。
岩に登った時と同じように地面を蹴ると、近くの木へ降りて枝から枝を飛び移って仲間達の下へ戻っていく。
「な、なんて身軽さだ!人間技じゃねぇ!追うぞっ」
「おうっ」
慌てた山賊達はシルバーの後からだいぶ遅れてミリーとカティス、そして仲間の山賊がいる場所へ向かって駆ける。
ほんの数分ほど時間を遡って、シルバーが前方へ駆けていった後に周囲に響いた口笛の音。
ルイ、マリン、ケンバートの三人は剣を持った女と男、そして彼らの数歩後ろに控える杖を持った魔術士らしき男と対峙していた。
「大神殿に向かう神官のお嬢さん。怪我をしたくなければ金目のものをすべてこっちに渡しな!」
山賊達のリーダーと思われる女が曲刀を片手にずいっと足を踏み出して、マリンに向かって凄みをきかせる。
その迫力に負けじとマリンは女山賊を見つめるが、すぐにケンバートが二人の間に立って女山賊を睨みつけた。
「お前がこの辺りを荒らしまわっているというミリーか。我らの邪魔をするのなら、こちらも容赦しない」
神官戦士が使うスタッフと呼ばれる、杖に鎖で錘をつけた武器を両手でかまえてジリジリと間合いを詰める。
「ふん・・・そんな脅しに屈するような女じゃないよ。さっさと出すもの出しな!その可愛い神官さんが怪我する前にね」
ミリーの隣りに立っていた山賊が両手にナイフを構えて自分達との間合いを詰めてくるのを見つめながらケンバートは舌打ちをした。
自分だけなら切り抜けられるかもしれないが、マリンとルイを守りながらでは分が悪すぎる。
シルバーが居ればまだなんとかなるかもしれない。
彼女が走り去った方向を見つめると、こちらに山賊らしき男二人走り寄ってくるのが見えた。
「シルバーやられたのか?」
小さく呟くとミリーと山賊、魔術士らしき男の背後で木の枝が大きく揺れるとフードを被った小柄な人影が降り立った。
「誰がやられたのよ、ケンバート?わたしがあんな連中にやられるはずないでしょ!」
「シルバーさん!よかった無事だったのですね?」
マリンがケンバートの後ろから嬉しそうな表情をすると、彼女に手を振って応える。
「カティス!その女の動きを注意しておくれっ!だいぶ身軽なようだから動きを止めろ!」
「了解です」
杖をかまえ、唇を動かしながらシルバーを見つめるカティスと呼ばれた青年魔術士。
「申し訳ありませんが、あなたを拘束させていただきますね。大丈夫、痛くありませんから」
軽く片目を瞑って微笑むと杖をシルバーへ突き出し唇を開いた。
「草木の精霊よ、我の声に応え彼女を抱きしめろ!」
そうカティスが言葉を発するとシルバーの背後から蔓が伸びてくる。
だがそれはすぐに力を失って地面に落ちていく。
「”草木の精霊”はわたしの友達。あんたの言う事なんて聞かないわよ?」
くすくすと笑いながら腰に結んでいた皮袋の口を緩めて、袋の中に手を入れた。
そして中身を取り出しながら、カティスやミリー達には理解できない言葉を発した。
袋から取り出した黒い豆のような物を辺りに撒くと、それらが信じられないスピードで成長してカティスの手足に絡み、
ミリーに付き従っていた山賊の両手両足の動きを制していた。
「な・・・なんだいこれは!お前、なにをしたんだ!」
仲間があっというまに動きを止められたミリーはあきらかに狼狽の色を見せる。
「ルイ!その女は頼むわよ」
「はい」
今まで静観していたルイに合図を送ると、すぐにルイはマントの下から片手をすっとミリーに向かって伸ばした。
「ミリー気をつけて!眠りの魔法が・・・」
カティスが気づいて注意を促したが、それに反応できるほどミリーは魔術に対して抵抗する力を持たなかった。
すぐにルイの唱えた眠りの魔法が彼女を襲い、その場に両膝をつきゆっくりと前に倒れてしまった。
「お頭!」
やっとシルバーを追ってきた二人が不自然に生えた蔓に縛られた仲間と地面に倒れているミリーを見つけて駆け寄る。
さきほどの笑みを浮かべる余裕もなくなってルイ達を睨みつけた。
「お前らお頭に何を・・・っ」
「ザイさん、ミリーは無事ですよ。ただ、眠っているだけです」
「カティス、貴様がついていながらなんて様だ!」
どうやらザイと呼ばれた山賊はミリーに次ぐリーダー格のようだ。
「仕方ありませんよ。この人達の実力が我々よりも上だったんですから・・・今日は諦めて引き上げましょう」
蔦に全身を縛られながらもカティスは苦笑を浮かべてザイに提案した。
その提案はこの有様を見れば一目瞭然で、ザイは大きくため息をつくと抜き放っていた剣を鞘に収めた。
「俺達の負けだ・・・仲間達を解放してくれ。このまま引き上げる事にしよう・・・悪かったな」
後ろにいた山賊に視線を向け、武器を納めるように促すと素直にそれに従う。
倒れているミリーに駆け寄り、うつぶせの彼女を仰向けに転がして頬を軽く叩く。
「お頭起きてくれっ!お頭!」
パチパチとミリーの頬を叩くがほんのりそこが赤く染まるだけで、一向に彼女が目を覚ます気配がない。
男は不安そうにザイを見上げた。
「ザイ、お頭が目を覚まさねぇ!」
「眠っているだけじゃなかったのか?」
やっと蔓から解放されたカティスがミリーのところへ接近してかがみこみ、彼女の頭上で軽く指を鳴らすとうっすらと瞳が開いた。
「お頭!大丈夫か?」
「あ・・・ああ・・・なんだか頭がぼーっとするね」
軽く頭を振って立ち上がるミリーを後ろから支えるカティスは、改めてルイ達を見回しながら優しい声で提案を繰り返した。
「大丈夫ですか、ミリー?今日はもう帰りましょう・・・彼らは我々の力では手に負えません」
「・・・そうかい。あんたがそう言うなら仕方ないか・・・あんた達、悪かったね。もう行っていいよ」
その言葉にカティスの後ろにいたシルバーが目くじらを立てながら、ずいっと前に進み出てきた。
「冗談じゃないわよ!あんた達のせいで、ずいぶん時間を無駄にしちゃったじゃない!
今日はこんな所で野営するようなつもりじゃなかったのよ!どうしてくれんのよっ」
腰に両腕を添えるとミリーに向かって大声で訴えた。
野営できるような場所までは、まだかなり移動しなければならない。
「そんなのあたし達がわかるはずないだろ?何も奪わなかっただけでもありがたいと思いな」
今度はそれにケンバートが食いついた。
「何がありがたいと思いな・・・だ。自分達の事を棚にあげてよく言えたものだな?」
それにうんうんとシルバーは頷き、フードを少しだけずらして下からミリーを睨み上げる。
「・・・うるさい連中だね。謝ったじゃないか」
「ねえ、ミリー。彼らを一晩アジトに泊めてあげたらどうですか?ここで野営するのが嫌なのでしょう?」
ミリーとシルバーの間に入ると、二人を両手で制しながら微笑んで提案するカティスに山賊達は反対した。
「馬鹿を言うなカティス!俺達の根城を外部に漏らすなんて身の破滅だ」
「そうだ、こいつらは仲間になるわけじゃないんだし」
山賊達はルイ達一行をアジトに案内した後にどこかの国へ通報されたら自分達は壊滅してしまう事を言っているのだ。
彼らは人を殺さないと言っても、犯罪を犯していることには変わりが無い。
国にとっては当然排除するべき存在だった。
「じゃあわたし達があんた達の事を国へ通報しなければ泊めてもらえるって事かしら?」
シルバーが活き活きとした声を上げてカティスに笑顔を向けた。
どうやら彼は他の山賊達とは違うようである。
どこか気品すらも感じさせる空気を敏感に感じ取り、交渉するべき相手は彼だと確信した。
さきほどのミリーとのやりとりでも、彼が言う事ならミリーは賛同する可能性が高い。
「そうお約束していただけるなら問題ないと思いますが、私はリーダーではありませんから。ミリーの判断にお任せします」
そう言うとミリーを振り返る。
「そこの神官のお嬢さん。あんたが約束してくれるなら、あたし達のアジトに招待してやるよ」
ミリーはマリンを振り返って笑顔を向けた。
神に仕える人間が交わした約束を破る事は、あってはならない事だと彼女は知っているからだ。
「マリンどうする?」
少し迷ったような表情を見せるマリンにシルバーが問いかけながら小さく頷く。
そして後ろに立っていたケンバートの方を振り返り、目で問いかけた。
「お前の好きにしていい」
「・・・それでは、お約束いたしますわ。ミリーさん達のお住まいの事はヴィース女神に誓って他言致しません」
マリンの言葉にシルバーは微笑むとフードを再び深く被りなおした。
「よし、決まりね。一晩お世話になるわミリー」
笑顔で片手を差し出すシルバー。
ミリーはその手を握り、二人は握手を交わす。
こうしてルイ達一行の四人はミリーの山賊アジトに招待されることになった。
第三章 第五話につづく |
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