■ 『 第三章 第五話 』 文/水天宮拓仄

 山賊達のアジトへ辿りついた頃にはすっかり辺りも暗くなっていた。
 ミリー達が潜むアジトは、ルイ達がいた山道からさほど離れていない位置にあり、数分歩いた程度で到着していた。
 山肌にぽっかりと空いた洞窟の入り口は、明らかに人の手が加えられており、
岩盤が崩れ落ちないように角材や削った石で補強されている。
「へぇ、こんなところによく洞窟掘ったわね」
 少しだけ感心したシルバーが呟くと先頭を歩いていたミリーが振り返って解説をしてくれた。
「元々洞窟だったのを、住めるように改造したのさ。なかなか上出来だろう?個室もあるんだ」
「へぇ。住めば都ってやつかもね」
「その通りですよ」
 シルバーの言葉に今度はカティスがにっこりと笑顔を向けると、ミリーは不機嫌な表情になりアジトの中に進んでいく。
「さ、あんた達に提供する部屋はこっちだよ。ついてきな」
「あ、はい」
 キョロキョロと洞窟の入り口で周囲を見回していたマリンが慌てた様子でミリーの後についていく。
 その後からケンバート、ルイと続いて最後にシルバーが奥に続く通路を歩いていくと、
一行の背中を見送りつつカティスは足を止めて少し悩むような仕草を見せていた。


「さ、狭いけど文句言うんじゃないよ。空いてる部屋はここしか無いからね」
「ありがとうございます。ミリーさん」
 ぺこりと頭を下げるマリンを前に優しい表情を見せると手をひらりと振って部屋から出て行った。
「野宿よりはマシ・・・ってところね」
 部屋といっても、洞窟の中に自然にできた横穴に粗末な布が敷いてあり、小さなテーブルが1つ壁側に置いてあるだけ。
四人で過ごすには手狭だが、この際贅沢は言っていられない。
 申し訳程度に広間から横穴に通じる入り口に仕切り布が垂らしてある。
 やっと腰を落ち着けられるとシルバーはフードとマントを脱ぎ、地面に敷くと腰を下ろして壁に寄りかかった。
 あまりに無警戒な状態にケンバートが再び彼女を咎めようとした時だった、入り口にかかっている布が揺れる。
「ちょっといいですか?」
 声をかけるのとほぼ同時に布を潜って横穴に入ってきたのは、どこか気品を感じさせる物腰をもつ魔術士カティス。
「え・・ちょっ待って!」
 慌てた様子で自分の下に敷いてあるマントを両手でひっぱったが、すでに遅かった。
 目を丸くしたカティスが布を潜ったところで動きを止めて、まっすぐにシルバーを見つめていた。
「だから、お前は・・・!」 
 声を荒げようとしたケンバートをそばに居たマリンが制す。
「しっ!・・・あまり事を荒げない方がよろしいですわ」
「君は・・・エルフなのですか?」
 震える腕をやっと持ち上げてシルバーを指さしながらカティスは入り口を覆うように立ち、まじまじと目の前の事実を見つめた。
「ちょっと・・・そんなに見つめないでくれない?気分悪いわ」
「あ、ごめん」
 シルバーの憤慨した様子にやっと自分が女性に向けて対する態度ではないと気づいて、そっと視線を逸らす。
 視線を逸らしたが、やはり視界の端に自分とは違う種族の存在を捕らえてカティスの心臓は高鳴っていた。
「エルフだけど、それが何か悪いの?」
「いえ・・・すみません。異種族に会うのは初めてで・・・驚いてしまいました」
 申し訳なさそうな表情をするカティスに、シルバーの油断を咎める視線を送り続けるケンバート。
 マリンは事の成り行きを静観することにしたのか、羽織っていたマントを脱ぐと床に敷いて腰を下ろした。
 もう1人のエルフであるルイはまだフードもマントも身に着けたまま、壁側にただ空気のように立っている。
「ま・・・別にいいわ。人間にどう思われようと気にしてられないから。で、何か用でもあるの?」
「あっはい。みなさんにお聞きしたい事があって」
「あんたの名は?」
 仏頂面のケンバートが警戒心を露骨に表しながらカティスを見据える。
 だがカティスの物腰はあくまで柔らかい。
「私、カティスと申します。よろしければ、みなさんのお名前をお聞きしても?」
 マントをついと片腕にひっかけて持ち上げ、腰を軽く屈めて優雅に挨拶をするカティスを前にケンバートは少なからず面食らった。
 山賊をしている男の身のこなしが、貴族のそれと重なる。
「わたくしはヴィース女神に仕える神官。マリンと申します。こちらは・・・」
 同じく貴族の娘がよく行う挨拶をしたマリンは傍に立っていたケンバートの方を振り返る。
「俺はケンバートだ。マリン付きの神官戦士。で、そっちの女エルフがシルバー・・・そっちのマントがルイ」
 右手の親指を立ててシルバーを指し、次に静かに佇むルイを最後に紹介した。
「そちらの方はマントを脱がないのですか?」
「あ、はい」
 壁側から一歩部屋の中央に寄ると、ついとフードを頭から取り払う。
「わっ馬鹿!」
 慌てたのはケンバートだ。
 すでにシルバーの正体はバレてしまったので仕方ないが、何もルイの正体までバラす事はないのだ。
 基本的にルイは素直であり、悪意を感じない人物からの言葉を受け入れる。
「あ・・・あなたもエルフ・・・その容貌、まさか・・・・?」
「あ、それだけは誓って違うわ。私が保証するから、安心して」
 カティスの狼狽した理由を瞬時に理解したシルバーが口を開き、フードとマントを脱いで手に持ったまま、
悪い事をしてしまった子供のような表情をしているルイの傍に立つ。
「本当ですか?あのエルフではないと言い切れるのですか?」
「ええ、それだけは確かよ」
 戸惑う様子を見せるルイを背にかばうとカティスの視線をさえぎる。
 遠慮のない人間の視線はルイに悪影響を与えるばかりだ。
「あなた達は一体どういう関係で・・・いえ、これから知っていけば良いかな」
「どういう意味?」
「あ、用というのはですね。よかったらあなた達の旅に同行させていただけないかなと思いまして」
 突然の申し出にシルバー、ケンバート、マリンは驚きを隠せない。
「あんたミリーの恋人じゃないの?いいの彼女を放って旅に出たりして」
 シルバーが問うとカティスは苦笑を浮かべながら小さく頭を左右に振った。
「いえ、別に恋人という関係じゃないのですよ私と彼女は。彼女の好意に甘えて今まで一緒にいましたが・・・
そろそろ私もここを出る時期かな〜と思いまして。それに私は皆さんのお役に立てると思いますよ」
 笑顔で自分を売り込んでくるカティスの言葉に反対の声を上げたのはケンバートだ。
「俺は反対だ。あんたを連れて行って、もしミリーが後を追ってきたりしたらどうする?面倒はごめんだ」
「うーん・・・それはそうね。結構、彼女はあんたに執着してるような気がするし」
 ケンバートの後ろで話を聞いていただけのマリンが突然口を開いた。
「なぜ、ここを出ようと思ったのですか?」
 当然の問いかけだ。
「ここに居ても私は世間知らずのままで終わってしまう。それに、犯罪に手を貸すのはもう止めたいのです」
「なら、ご一緒しましょう。良いでしょう?ケンバートさま」
 あっさりと同行を歓迎したマリンを戸惑ったような表情で見つめ、ケンバートは一瞬宙に視線を泳がす。
「いいのかマリン?」
「この機会をヴィース様がカティスさまに与えてくれたのだと思います」
 微笑みながらカティスに歩み寄ると、すっと手を差し出した。
「ありがとうございますマリン様」
「マリンで結構ですわ、カティスさま」
 差し出された手を恭しく取ると、形式上の礼儀として手の甲に唇を寄せる。
 接触する寸前で唇を止めると腰をかがめたまま、数歩後ろにさがり静かに立ち上がって一行に笑顔を向けた。
「私の事もカティスとお呼びください・・・マリン。それにシルバー、ケンバート、ルイもよろしく」
 やれやれと表情を崩すのはシルバー。
 渋々といった様子を見せるケンバート。
 成り行きをただ無表情に見つめているのはルイ。
 そしてマリンは女神のような微笑を向けて、新しい仲間を歓迎した。


 カティスを仲間に加えると話がまとまった後に新たな問題が持ち上がっていた。
 それは、ミリーをどうやって納得させてカティスが山賊から足を洗うかどうかについてである。
 今、一行はカティスを加えた5人で狭い横穴の中で顔を寄せ合って相談していた。
「説得できそうなの?」
「・・・正直、自信ありません。彼女はかなり私に執着しているようで・・・
過去にも1度、足を洗おうとした事があったのですが連れ戻されてしまったんです」
 ため息をつきながらうな垂れるカティスを前にシルバーがポンと手を叩いた。
「じゃ・・・ミリーにカティスの事を忘れてもらうってのはどう?」
「そんな事が可能なのか?」
 うさんくさそうな話に、現実派なケンバートが眉間に皺を寄せながらシルバーを見つめる。
「精霊魔法で記憶を消失させる事ができるはずよ」
「それは・・・ミリーさんがあまりにもお気の毒ではありませんか?記憶を失うなんて・・・」
 今度はマリンがシルバーに意見を述べる。
「・・・う〜ん、すべての記憶をなくすわけじゃないけど・・・カティスと出会った頃からと考えると長いわね」
「あの・・・」
 遠慮がちにルイがシルバーに向かって話しかけた。
「何?」
「記憶ではなくて・・・気持ちだけを消す・・・もしくは薄くする事ができるのではないでしょうか?」
 その言葉にはっとする。
「そうよ!その手があったわ!さすがルイ!あんた記憶なくても冴えてるじゃないっ」
 エルフ同士の話に人間達はきょとんとしているが、それはすぐに解消された。
「ミリーのカティスに対する感情を完全には難しいけど、薄くなるように魔法をかけるわ」
「他人の感情を操作する事が簡単にできるのか?エルフは」
 嫌悪感を露にしたケンバートが軽く睨みつけてくるが、それを軽く受け流してシルバーは言葉を続けた。
「誤解しないで。わたし達だってむやみやたらに他人の感情をコントロールしようなんて思わないわ。
必要な場合に限りよ。それに感情を司る精霊の扱いは難しくて、エルフなら誰でも可能ってわけじゃないのよ」
「シルバーはできるという事ですか?」
 身を乗り出して話を聞いていたカティスが期待に満ちた目を向けてくる。
 それをふいっと避けて視線を地面に落とした。
「正直・・・成功するかどうかは五分五分なの。今まで”彼女”を召還した事がないから・・・ね」
「”彼女”というのは精霊の事ですか?」
 マリンが精霊の話に興味示す。
 神殿で神官としての知識を学んだ際に、精霊魔法についても講義を受けたがそれはほんの少しにすぎない。
 神に仕える身と言えど、精霊を実際に見たことはないのだ。
「ええ、そうよ。精霊に性別は無いんだけど・・・見た目が女体に近いから、私は”彼女”と言ってしまうの」
 地面を見ていた視線を上げてマリンを見つめ、次に隣りで話を聞いていたルイを見つめた。
 おそらくルイなら、自分よりもかなり高い確率で精霊を扱えるだろう・・・と知っているからだ。
 しかし、今の彼は記憶を失っており精霊魔法を扱う事まで忘れてしまっている。
 精霊と話せるだけでは、精霊を自らの手で召還して使役することはできない。
「シルバーさん?」
 シルバーの視線に気づいたルイが頭を傾げて、不安そうな表情を見せる彼女を前に戸惑った様子を見せる。
「大丈夫よ、ルイ。私はやる時はやる女よ!このシルバーさまに任せておきなさい!」
 ドンと薄い胸を強く叩いて、自分で軽く咳き込みながら心に浮かぶ不安を取り払おうと明るく言い放った。



第三章 第六話につづく