■ 『 第三章 第六話 』 文/水天宮拓仄

 深夜、ミリーが私室として使っている横穴の出入口で蠢く人影。
 それはシルバー、ルイ、カティスの三人である。
 ケンバートは自分達に与えられた部屋で、慣れない旅で疲れたマリンを休ませる為と
全員で行く意味が無いと判断して、自分とマリンを部屋の番という事で待機を申し出ていた。

 三人はミリーがカティスへ向けている一種の執着心を消す為に忍んできたのだ。
「ミリーはよく眠っているようね」
「静かにしてください。ミリーは小さな物音にも敏感です」
 先頭に立ったカティスと彼の後ろにいたシルバーが顔を近づけてコソコソと話し合う。
 ミリーは仲間達が使っている広場や横穴から少し離れた場所を私室にしていた。
 この一味で唯一の女だという事もあるが、先代の頭であるミリーの父親が使っていた部屋をそのまま引き継いだのだ。
 おかげで三人が頭の部屋を前にコソコソとしていても、山賊達に見咎められる事もない。
 念のためカティスが仲間達に眠りを深くする魔法をかけたが、大きな物音や声には眠りから覚めてしまうだろう。
「なら眠りを深くするまでよ。カティス、さっきの魔法お願い」
「彼にやってもらった方が確実ではないですか?私よりも優れた力を持っているようですし」
 ちらりと二人から少し離れた位置に立っているルイの方へチラリと視線を送った。
 ルイはその視線に気づいたのか、気づいていないのか、特に表情を変える事もなく二人の様子を見つめている。
「ああ、ルイには・・・念のために力を残しておいてもらいたいのよ」
「念のためとは?」
「わたしが万が一失敗した時に精霊と話せるルイがいないと困る事になるの」
 シルバーは簡単に説明する。
 精霊の住む世界から魔法によって召還された精霊は、精霊使いの誘導が無ければ元の世界に戻れないばかりか、
召還されたまま放置されると自我を失い、暴走する恐れがあるのだ。
「そんなに難しい魔法なのですか?」
「召還自体は難しい事じゃないわ。でも、その後・・・こちらの意のままに操るのは術者の力量次第ってところよ」
「あなたが失敗したら、彼にも無理なのではないですか?」
 不安そうな表情を見せ、カティスは胸を痛めた。
 自分の都合で他者が危険な目に合う事はさすがに避けたい。
 成功する確率が低いのなら、このまま山賊達とミリーを眠らせたまま洞窟をこっそりと出る事だってできる。
 ただ、その後に追跡を受けたり、最悪は裏切り者として刺客が送り込まれる可能性だって否定できない。
 ミリーの山賊達は、カティスと出会う前は平気で罪も無い旅人を殺し、虐奪を繰り返してきていたのだから。
「失敗しても死ぬわけじゃないし。一時的に気を失うだけよ。その時に精霊と話ができるルイがいれば、
わたしが目覚めるまでの間くらいは精霊を留まるように話ができる」
「本当にあなたの身に危険は無いのですね?危険があるようなら・・・やめてください」
「大丈夫よ。ね、ルイ?」
 笑顔をカティスに向け、後ろに立っているルイにウィンクを送るとシルバーは目の前の背中を軽く押した。
「さ、早く眠りの魔法をかけてちょうだい。その後はわたしに任せて」
「・・・わかりました」
 シルバーの手に押され、出入口にたらされた布を少しだけ手繰り寄せて中の様子を伺う。
 中は薄明かりが灯されていたが、ミリーは寝台に横になったまま心地よい寝息をたてている。
 無言のまま、杖を胸の前で持ち唇をモゴモゴと小さく動かすが声は聞こえない。
 布の隙間から杖をそっと部屋の中に差し入れてすぐに引っ込めた。
「魔法をかけたので、少しくらいの物音や声では起きないはずです」
「なんだ、別に何も言わなくても魔法かけられるんじゃない」
 笑いながらカティスの横をすり抜け、シルバーは堂々とミリーの部屋へ足を踏み入れた。
 その言葉に苦笑を浮かべながらカティスもそっと部屋へ入り、最後にルイが続く。
 カティスが魔法をかける時に、派手な身振りと呪文とも思えない言葉を発するのは彼なりのこだわりからである。
 本来なら、心に念じてその力を解放するだけで属性的な魔法は使う事ができるのである。
 神官や司祭が使う神聖魔法は、神に祈りを捧げる必要があるので、魔法を使う前に神々への礼儀として詔があった。
 そしてエルフ達が主に使う精霊魔法は、精霊と話す事によって力を発揮する。
 だが、精霊との会話には決まった言葉は無い。
 生まれ持った魔力はもちろんだが、同時に精霊とのコミュニケーション能力と会話をする力を必要とした。


 寝台で眠っているミリーを目の前にシルバーは両足を肩幅に開き、地面を踏みしめて瞳を閉じた。
『精神を司る者よ・・・わたしの言葉に応じて姿を見せて』
 両手を肩の高さでまっすぐ伸ばし、指先の方へ魔力を集中させ、精霊との会話に用いる言語で何度も呼びかける。
 シルバーが何を言っているのかわからないカティスは部屋の出入口を塞ぐように立ち、様子を見つめるのみだ。
 ルイは部屋の中央あたりに立ち、精霊に呼びかけているシルバーの背中を見つめている。
 彼には当然シルバーが使う言葉を理解しているし、彼女の魔力がその体から放出されているのを感じていた。
「あっ」
 小さくルイが声を発した。
 カティスには見えないが、今シルバーの呼びかけに応じた精霊がミリーの眠る寝台の真上あたりに現れたのだ。
 魔力をかなり消耗したシルバーの表情は、ほっとしたがすぐに緊張の色を見せる。
 シルバーは自分でもわかっていたのだ。
 精神を司る精霊を扱うには、自分の魔力は不足しているだろう事を。
 だが、あえて彼女はそれに挑んだのだ。
 自分が精霊魔法を使う様子をルイに見せておきたかったのもある。
 それよりも、ここ数十年高度な精霊魔法を使った事がなかったシルバーは自分の力量を試したかったのだ。
 エルフは年齢によって魔力が徐々に増していくとされていた、以前は無理でも今なら扱えるかもしれないと。
『わたしの呼びかけに応じてくれたのね・・・礼を言うわ』
 少し荒くなった呼吸を整えながらシルバーはあくまで上の立場として言葉を発していた。
 精霊に自分の方が”強い”という事を示さなければ精霊を意のままに従わせることはできない。
 呼びかけてに応じて精霊が現れたとしても、精霊が従うかどうかは精神力や魔力の強さに左右されるのだ。
 シルバーはエルフの中では、まだ若い方で魔力においては平均をやや下回る程度である。
 その上、人間の中で暮らしている間は必要最低限の精霊魔法しか使っていなかった為に精神力の鍛錬も欠けていた。
『あなた、我を呼ぶだけでやっとじゃないの。それじゃあ従えない』
 クスリと笑った精霊はシルバーを見下すような視線を流してきた。
 それには大いにカチンときたが、ここで精神を乱すわけにはいかなかった。
『わたしの言う事を聞きなさい!あなたの下で眠っている女の精神に入り込んで、特定の感情だけを薄めて欲しいの』
 ミリーを起さないように気を使いながらもシルバーは強い口調で精霊に命令を伝える。
 だが、目の前の精霊は一向に動こうとしない。
 精霊が見えないカティスから見てもシルバーの表情が焦っている事だけは読み取れた。
『どうしたの?早く行きなさい!』
『嫌よ。あなたの命令になんて従えない。せっかく出てきたのだから我は遊びに行く事にする』
 やはり自分の力量で精神の精霊を操る事は難しいという事をシルバーは自覚した。
 だが、このまま精霊を野放しにしてしまうわけにはいかない。
 失敗したことを認めて、できるだけ穏便に”彼女”を元の世界に帰さなければならないのだ。
 ここで精霊を野放しにするということは、世界のバランスがほんのわずかだが崩れる事に繋がる。
 精霊にとってはちょっとした悪戯でも”彼女”の力は人や動物、植物の精神すらも狂わせる事もできるのだ。
『そんな事はさせないわ。わたしに従う気がないのなら、元の世界に帰るのよ』
『なら無理矢理にでも帰せば?』
 クスクスと笑いながら挑発的な態度を取る精霊は、突然ビクリと体を震わせて視線をシルバーの後ろに佇むルイに向けた。
『・・・何?』
 精霊の反応に気づき、シルバーも驚いた。
「ルイ?」
 後ろから精霊とシルバーのやり取りを見ていただけのルイから強い力を感じたのだ。
 その力は細波のようにシルバーと精霊を包み込んでいる。
『お願いです。その人の言う事を聞いてください』
 優しい声で精霊に話しかけて、人間が他人に何かを頼む時のように軽く頭を下げた。
 無意識のうちにルイは、精霊を従える為の力を”願い”という形で放出していた事にようやくシルバーは気がついた。
『・・・わかったわ。我はあなたの言葉に従おう。あなたにはそれだけの力がある』
『あの・・・私ではなくてシルバーさんの命令に従ってください』
『それがあなたの命令ならば、我は従う。さあ、我は何をすれば良いのだ?』
 再び精霊からの視線を感じたシルバーは自嘲しながら、さっき命令した言葉を繰り返す。
『下で眠っている女の精神に入り込んで、わたし達の後ろに立っている人間に抱く感情を薄く・・・いえ、消して欲しいの』
 ルイの力を借りているとは言え、シルバーは気を抜くことができない。
 今の状態は、精霊に”命令”しているとは言えない”お願い”している事に近いのである。
 それもシルバーの力だけではなく、ルイが無意識に願った心の力を借りているのだ。
『我の力では特定の感情だけを消し去る事は難しい・・・だが、特定の記憶を消す事は可能よ』
『記憶を・・・』
 その言葉を聞いてシルバーは迷う。
 他人の記憶をそう簡単に消し去っても良いものかどうか。
 それを避けるために、力不足なのを承知の上で、精霊の召還を思いついたのではなかったのか?
 精霊へ向ける集中力を切らさないよう気をつけながら、シルバーはカティスを振り返った。
「カティス」
「はい?」
「精霊が言ってるわ。特定の感情を消す事はできないけど、特定の記憶を消す事はできる・・・と。どうするの?」
 カティスは押し黙り、しばらく沈黙が続く。
 突然、ミリーがコロンと寝台の上で寝返りをうって、眠ったまま柔らかく微笑んだ。
 そして、その唇から発せられた言葉。
「ん・・・ん〜・・・ティス」
 大好きなカティスと夢の中で会えたのだろうか?彼女は幸せそうに微笑み、
言葉にならない言葉を小さく囁くと再び寝息を立て始めていた。
 両腕を胸の下で組み、両目を閉じて少しの間考えを巡らしていたカティスは瞼を上げた。
 ふっと唇を歪ませて、眉を寄せる表情は切なそうに見える。
「止めておきましょう。自分から言い出した事ですが、記憶が無くなるなんて・・それではミリーがあまりにも」
 そこまで口に出して唇をかみ締めた。
 この提案は自分が言い出した事だった。
 だがミリーの幸せそうな寝顔を見ているうちに罪悪感が彼を襲った。
 夢の中でも慕われているのだと、彼女の気持ちが本物であると気づく。
 真剣な彼女に応える事はできないが、その事をきちんと伝えなければならないと思えるのだ。
 それに加えて、これから一緒に旅をする事になる仲間達が自分のわがままの為に無理をしようとしているのは明らかだった。
 もう彼は開き直った。
 山賊から抜けた後に起こる事は、その時に考えれば良いのだと。
「いいのね?」
「はい。申し訳ありませんが・・・精霊にはお帰り願ってください」
 申し訳なさそうに頭を垂れるカティスをじっと見つめて、柔らかく微笑んだがすぐに厳しい表情に戻る。
『ごめんなさい。あなたの力を欲して呼び出したのに・・・今回はこのまま帰ってくれる?』
『わかったわ。では、また我の力が必要だったら呼ぶがいい・・・今度は後ろの彼にやってもらうのね』
 最後にクスリと笑うと精霊の姿はミリーの部屋から消えていた。


第三章 第七話につづく