■ 『 第三章 第七話 』 文/水天宮拓仄

 精霊を元の世界に戻したシルバーとルイ、それにカティスは眠っているミリーを起して全員で床に腰を下ろしていた。
 ミリーの部屋はアジトとして使っている洞窟の中では、一番広い場所を使っており四人が腰を下ろしても余裕がある。
 さすがに一部屋に椅子を四客も置く空間はないので、テーブルや椅子を動かして床に座ったのだ。
「こんな時間になんだい?」
 眠い目を擦りながら正面に座っている三人を見回した。
 当然、シルバーとルイは鋭い耳を隠すためにフードを目深に被ったままである。
 部屋の中でその格好はおかしいが、今はそんな事を気にしているような状況ではない。
「すみません。どうしても、あなたにお話したい事があって」
 神妙な面持ちで切り出すカティスになぜかミリーには嫌な予感がした。
 カティスだけならその不安も感じなかったかもしれないが、一晩宿を貸しただけの旅人を連れ立ってきた事がひっかかる。
「それはいいとして、なんであんた達まで?」
 ほんの少し後ろで二人の会話を見守っていたシルバーとルイの方へ視線を向けて、再びカティスに戻す。
 それは当然の疑問だった。
 カティスと彼らは縁もゆかりもなかったはずで、今日が初対面だったのだから。
「ミリー、私は彼らと共に旅立つつもりです」
 結論だけを述べたカティスは複雑な表情を浮かべていた。
 はっきりとした言葉で伝えられた事はないが、ミリーは自分に好意を寄せてくれているのがわかるからだ。
 今まで、彼女からの好意に甘えて山賊達の中でもさしたる苦労もしないで過ごしてこれた。
 魔術で使えそうな道具や書物もかなりの数を譲ってもらい、ミリーがその手の旅人を多く狙っていた事も自分の為だったのだ。
「ここを出て行くって言うのかい、わたしを置いて?」
 怒りと悲しみが混じったような表情で見つめてくるミリーの瞳をじっと見つめる。
 少し吊り上った大きな瞳が潤み始めていた。
「ええ。彼らは大神殿を目指しているそうです。私も魔術を学ぶ者として一度訪れてみたいと思っていましたから」
 できるだけ優しく語りかけて彼女を刺激しないように気を遣うが、ミリーは押し黙ったままカティスの話しを聞いていた。
 何も反応を返さないミリーに不安を覚えたが、黙って出て行くよりはずっと良いと言葉を続けた。
「ミリー。今までありがとうございました。あなたや仲間達の好意は決して忘れません」
「・・・礼なんて言わなくていい。わたし達とあんたは利害が一致して一緒にいただけだったんだ」
 カティスから視線を床に落とし、肩を小さく震わせて言葉を発するミリーを見ているのも辛い。
「あなたのお気持ちに応える事ができなくて、申し訳なく思っています・・・ですが」
 さらに言葉を続けようとしたカティスに再び顔を上げたミリーの瞳からは涙がこぼれていた。
「言わないで!それ以上聞きたくないんだよ・・・そんな話は」
 床から尻を上げて身を乗り出すと両手でカティスの両腕を掴み、前後に揺すりながら涙を流し続ける。
「すみません」
 それだけを告げるカティスの瞳にも、わずかに滴が溜まり静かに頬を伝わった。

 三人はミリーの涙が止まるのを待ってから、もう一度別れの言葉を告げて彼女の部屋から出た。
「わたし達はこのまま出て行く事にするわ。朝になったら仲間達も目が覚めるはずだから、安心して」
 最後に部屋を出たシルバーが呆然としているミリーに声をかけ、一瞬哀れむような表情を見せたがすぐに踵を返した。
 彼女のように強く生きる女に同情は無用だと知っているから。
「待ちな。まだ外は暗くて山道は危険だ。わたしの事は気にしなくていいから泊まっていってくれ」
「ミリー」
 立ち止まり、立ち上がったミリーの泣きはらした顔を見つめてシルバーは微笑んだ。
「あんた、いい女だね。それがわからない男の方が悪いんだ」
「当たり前だろ。さ、ゆっくり休んでいってくれ」
「ありがとう。それじゃ、おやすみ」
 カティス、シルバー、ルイが立ち去った後、ベッドに腰を下ろして真剣な表情を浮かべながら朝まで一睡もできなかった。


 翌朝、いつもの通りにミリーは明るく活発な表情を取り戻して洞窟の前まで見送りに出ていた。
 彼女の前に旅人姿で立っているのは、ルイ・シルバー・マリン・ケンバートにカティスも加わっている。
「カティス今まで世話になったね。道中気をつけて」
「はい。ミリーも怪我や病気に気をつけてください・・・本当は山賊をやめて欲しいと思っているのですが」
 軽く笑いながら告げるカティスにミリーは満面の笑みを浮かべて、唇を開いた。
「そうだね。そうする事にするよ」
「え?」
 聞き間違いだと思った。
 ミリーを始めとして山賊達は旅人から奪った金品で生活をしているからである。
 いわば、彼らは生きる為に罪を犯している人種なのだ。
 物心ついた頃から、この職についている者がほとんどで、ミリーに至っては生まれてからずっと山賊をやっている。
 その彼らが山賊をやめて、街に下ってまともな職業につけるとも思えない。
「だから、今日限りミリーの山賊は廃業さ。昨夜、決めたんだ」
 彼女の言葉を聞いて顔を輝かせたのは、この中では一人しかいない。
 そう、神官であるマリンだ。
「それは素晴らしい決心ですね、ミリーさん!」
 たたっと駆け寄ってミリーの両手を握り締めて力強く頷いて、あっけにとられる一行を振り返った。
「マリン、ちょっと・・・」
 うな垂れながらケンバートがこめかみを利き手の親指と中指を広げて押さえつけてマリンを手招きする。
 小首を傾げながら素直に従うマリンを連れて、ミリーとの距離を離す。
 喜ぶ気持ちはわかるが、今それをすると話が余計混乱するというものだ。
 世間知らずなマリンは時々空気が読めなく事をケンバートはよく理解していた。
「・・・それはなぜですか?どうして急に」
 気を取り直してカティスが疑問を口にした。
「あんたを仲間に迎えた時に、襲った旅人を殺さないという約束をしただろう?そして、その通りにやってきた。
それまでは”殺してから奪う”これがあたり前だったのに、殺さなくても奪えるとわかった」
 懐かしい表情を浮かべるミリーはカティスと出会った頃の事を思い出しているのだろう。
「わたしの親父は街で盗みに入って役人に捕まって処刑された」
「・・・・・・」
「今のままじゃ、わたし達もいずれ同じ道を辿るようになるんだ。
そうなる前に国を出て、イチからやり直してみるのも悪くないなって思ったのさ」
「それは仲間達に・・・」
「まだ言ってないけど、反対する奴はいないと思うよ。やり直すのは、わたし全員でと思ってるからね」
 たとえ仲間に反対しれてもミリーは一人だけでも山賊を辞めて街へ降りるつもりなのだろう。
 そんな決意が全身から見て取れた。
「そうですか・・・何をするにしても、無茶な事だけはいけませんよ」
「わかってるさ。もう犯罪を犯すような真似はしないつもりだから安心してお行きよ」
 また彼女の目に滴が溜まりはじめる。
 それを見られたくなくてミリーはくるりと背を向けて、洞窟に向かってゆっくりと歩き始めた。
「ミリー」
「なんだい?」
 振り向かずに足を止めて次の言葉を待つ。
「いつか、またどこかで会えますよね?」
「もちろんさ。今度はこんな山の中じゃない。どこかの店で美味い酒でも呑もう」
 手のひらを後ろに向けてヒラリと振ると、軽快な足取りで洞窟の中に姿を消した。
 彼女の姿が見えなくなるまで見送ってカティスは深く頭を下げる。
 心の中はミリーに対する謝罪と感謝の気持ちでいっぱいだった。



 この後、山賊を廃業したミリーとその仲間達はデンマー王国を出て海を渡り、カシム王国へ渡った。
 ケンバートやマリンが過ごしていたクルタと、ルイが眠っていた封印の洞窟を挟んだ反対側にあるケンマーの街で
各地から仲間達が仕入れてきた品物を扱う商売を始めたらしい。



第三章完

第四章 第一話につづく