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| ■ 『 第四章 第一話 』 文/水天宮拓仄 |
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山賊達のアジトから旅立った一行。
ルイ、シルバー、ケンバート、マリン、カティスは樹海を抜けて神聖王国フォーリーの王都フォルシナを眼前に控えていた。
樹海を迂回し、山道を歩けば軽く一ヶ月以上はかかる距離を彼らは半日程度で抜けていた。
それも樹海にかけられたエルフ達の魔術・・・俗に”エルフの呪い”を同行しているシルバーとルイの力で掻い潜ったのだ。
呪いを破る事はできないが、エルフがかけた魔術を同じ種族のシルバーが障害にならない方法を知らないはずは無く、
数人の人間を伴った事により通常の移動よりも負担がかかったが、不足した力をシルバー以上に魔力を持つルイが補ってくれた。
「まさか本当に樹海をこんな方法で抜けれるとは思いもよりませんでした」
少し興奮気味に話すのは、山賊のアジトで知り合い旅の仲間に加わった魔術士カティスである。
チェンリン王国にある貴族出身で本来なら家督を継ぐ長男の身でありながら、数年前に家を出て自由に生きている。
山賊達と行動を共にしていた為に身なりは汚くなっていたが、幼い頃から身につけた気品は損なわれる事は無かった。
カティスの横で疲労困憊といった様子で短いマントを肩にかけ、フードを頭や耳をすっぽりと包み込んだ小柄な少女が声を上げた。
「まったく・・・気楽なもんね。こっちは力をすべて使い果たしたわよ」
数時間前。
山道を抜けて一行は樹海を不穏な表情で見つめていた。
この場所は人間が絶対に入り込んでこない確信があるのか、シルバーはフードを取り払って特徴ある耳を露にしていた。
いつもなら注意を促すケンバートですら、今は何も言わない。
こんな場所に好きこのんで来る人間は自分達以外には居ないだろう。
樹海にかけられている”エルフの呪い”と呼ばれている力をシルバーが熟知しており、
それを防ぐ術も持っていると聞いても、人間として生理的に恐怖を感じるのだ。
ルイはエルフという種族のおかげか、記憶を失くしている状態のおかげか、平然と樹海を見つめている。
そしてシルバーは樹海をじっと見つめてから、自分の後ろに立っている仲間達を振り返って難しい顔をした。
「どうしたシルバー。エルフにとって樹海は故郷なのだろう?」
怪訝な表情でシルバーに近づく顔を覗きこむように少し腰を屈めるのはケンバートだ。
その後ろでマリンも心配そうな表情を覗かせている。
「別に樹海が怖いってわけじゃないわ。ただ、こんな人数で樹海を抜けた事が無いのよ・・・。
それに、人間と伴ってはやった事がないし人数も多いから私一人の力じゃ無理かもしれないの」
「おいおい・・・ここまで来て引き返すのは勘弁して欲しいのだが」
「わかってるわよ!ルイの力を借りてどうにかなると思うけど・・・その力をどうやって出すかを考えてるんじゃない」
一人離れた位置に立ち、樹海を見つめるルイの背中を見つめて自分の両手を見つめて、ぎゅっと握った。
その手にそっと伸ばされた手はマリンのものだ。
「シルバーさん。無理なさらないでくださいね?私達が足手まといになってごめんなさい」
「いいのよマリン。樹海を抜けようと提案したのは私なんだから。絶対に皆で樹海を抜けましょう」
「しかし、どうやって抜けるのです?この巨大な自然の迷路を」
数年樹海の近くで生活をしていたカティスですら、体が樹海へ足を踏み入れる事を拒んでいるかのように震えた。
「方法は一つしかないわ。エルフの村にいる連中に気づかれずにここを抜ければいいの。
力さえ発動させなければ、距離にしては樹海を最短距離で横断するようなものよ」
顎をしゃくって樹海を示し、踵を返して明るい表情を不安そうにしている人間の仲間三人に向ける。
ここは自分が一番しっかりしなければならないと思い直した。
「そうね、まず”呪い”なんて呼ばれている魔術について説明しようか。ルイ、こっちに来てちょうだい!」
今はシルバーの後ろに位置していたルイを顔だけで振り返って呼ぶと、ゆったりとした歩調で近寄ってくるのを感じて顔を戻した。
「私も興味がありますね。古のエルフ達が施した魔術とはどんなものか・・・」
「古って言っても彼らは今も村で暮らしてるわよ。そうね・・・大陸に伝わる”伝説”より、もっと前の話よ」
「そんな・・・エルフは不老不死とでも言うのですか?」
マリンが驚愕の表情を浮かべ、両手を唇に当てて僅かに震える。
人間とエルフの寿命は驚くほどの差があり、人間の寿命が六十か七十とするとエルフは千年以上にも及ぶ。
もちろん、病気や重度な傷で命を落とす事もあるが、優れた魔術や樹海に生息する数々の薬草の恩恵を受けて病はほとんど無く、
平和主義な彼らは外の世界へ出ないかぎりは、命に関わるような怪我をする事もなく過ごしている。
「不老不死ではないけど、近いものはあるわね。寿命なんて・・・一体どのくらいなのか私も知らないし」
「気が遠くなるような話だな・・・そんなに長く生きて退屈しないのか?」
「さあ?それは個人差があるから・・・私は退屈な暮らしが嫌で外に出てきた口だし。私の他にも、きっといるはずよ」
ルイがシルバーの斜め後ろに控えたのを気配で察し、小さく頷く。
そういえばルイが最初に外へ出てきたのは、自分が望んだ形ではなかったと以前聞いていたが、詳しくは知らない。
恐らく、今回こうして再会して共に旅をする中で知ることになるだろうと思っている。
「よし、全員揃ったわね。樹海にかかっている力について簡単に説明するわ」
樹海にかけられている魔術、人間達の言う”エルフの呪い”は単純なものだった。
エルフが村へ人間が迷い込む事を危惧した事によって考え出された方法である。
樹海の精霊達と村でも力を持つエルフ達が”契約”を行い、人間が樹海のある一定の深さまで入ってきた時に魔術が発動する。
その魔術は「人間の発する声と気配」を察知して発動する。
エルフには極力影響を与えないようにされているが、完全に抑える事ができずに自分の身を精霊魔法で守る必要があった。
その精霊魔法は年若いエルフでも使役できる優しい精霊を呼び寄せて、協力を願うだけで樹海へ入れるのである。
樹海に入っても影響を受けないのはシルバーとルイの二人だけでケンバート、マリン、カティスは力をまともに受けてしまう。
シルバーは樹海へ入る時に呼び寄せる精霊を大勢呼び出して、彼らの気配を断ってもらうつもりなのだ。
人間の気配に敏感な反応を見せる魔術をすり抜けるには、相当な人数を召還しなければならない。
その為にはシルバーの召還する知識と魔力とルイの強力な魔力をあわせなければならない。
ついさきほどまで、シルバーはルイの魔力をどうやって引き出すか頭を悩ませていたのだ。
「なるほど。単純と言えども、力のあるエルフ達が複数とはやっかいですね」
魔術に対してこの中ではかなり精通しているカティスが、シルバーから話しを聞き終り、両腕を自分の腰に回して唸った。
精霊が相手となると自分の魔力や知識は何の役にも立たないと理解したのだ。
「私達にお手伝いできる事は無いのでしょうか?」
マリンが脇に立つケンバートを下から見つめるが、難しい顔をしている彼は唇を真一文字に噤み、眉間に皺を作っていた。
変わりにシルバーが口を開く。
「そうね。樹海に入ったら決して言葉を発してはダメ。これだけ守ってもらえば、あとは私とルイがなんとかするわ」
「エルフの魔術は我々人間の声を察知するからですね」
カティスが納得したように呟くと、それにシルバーは頷いた。
簡単な事だが、樹海を横断するまで半日はかかるだろう。
半日もの間ケンバート、マリン、カティスは一言も言葉を・・・いや、一切の声も断たなければならないのだ。
それがどれほど困難な事か彼らはまもなく知る事になる。
「シルバーさん。僕は何をすれば良いのですか?」
小首を傾げて見つめてくるルイに優しく微笑みかけながら腕を伸ばして両手を握った。
「私が樹海の精霊達をできるだけ呼ぶわ。そうしたら彼らに”お願い”をして。私達全員の気配を隠して欲しいと」
「わかりました」
コクリと頷きシルバーに握られたままの両手を見つめ、きゅっと握り返した。
シルバーが先頭に立ち、恐る恐る樹海に足を踏み入れてからすでに半刻が過ぎていたが、まだ精霊を召還もしていない。
「シルバー、大丈夫なのか?」
「しっ!ケンバート、私が樹海に入る前に言った事忘れたの?」
一番後ろを歩くケンバートに顔だけ向けて、きっと力のある瞳で睨みつける。
”樹海に入ったら決して言葉を発してはダメ”
これを守れないようだと、自分を含めて全員が無事に樹海を抜けられない事態になりかねない。
「・・・」
それを思い出してバツが悪そうに頭を下げると、唇をかみ締めて視線だけで疑問を投げかけた。
「この辺はまだ力が及ばない場所だから平気よ。でも、そろそろ近づいてきたから今のうちにやるわ。皆、止まって」
ルイを中心にして全員ができるだけ一塊になるように立ち、すぐにシルバーが瞳を閉じて精神集中を始める。
唇を小さく動かし、同じような動きを何度も繰り返す。
マリンやケンバートの目には何が起きているのかわからないが、カティスの目にはかすかながら異質の者を捉えていた。
思わず感嘆の声を漏らそうとしたが、それは寸でのところで自らの手が防いでくれた。
ーすごい・・・精霊とはなんて美しい色をしているのだろうー
はっきりとした姿形までは確認できないが、明らかに空気とは違う色が視界一杯に広がるのを感じている。
『樹海の精霊達よ我の呼びかけに応じ、その姿を見せてちょうだい』
何度も何度も繰り返し精霊語で呼びかけ、自分の持っている力を解放すると徐々に召還された精霊達が姿を見せて集まってくる。
一心に召還する事のみに力を出し続けるシルバーを横目に、ルイはややおっとりとした口調で精霊語を発した。
『お願いです。僕達の気配を森を抜けるまで皆さんで隠してください』
それはルイにとっては”願い”だったが、精霊達にすると絶対的な力を持った存在からの”命令”に他ならない。
すぐに命令に従いルイ、シルバー、ケンバート、マリン、カティスの気配を徐々に薄くし、
最終的にはエルフ達にもほとんど感じられない程にまで消してくれたのだ。
力をほとんど出しつくしたシルバーが肩で息をしながら、仲間達を誘うように樹海の奥へと足を踏み出した。
「いい?絶対に声を漏らしちゃだめよ・・・呼吸もできるだけ静かに。感情も平静に保ってちょうだい」
エルフの声については警戒されないとわかっていても、どうしても小声になってしまうのは今の状況だからに違いない。
唇に右手の人差し指を一本立ててあてがうシルバーに仲間達はコクリと頷いてみせた。
歩き出して二時間ほど経過していた。
さすがに山道を歩いてきた直後に樹海へ入り、力のほとんどを使い尽くしたシルバーが疲労で思わず立ち止まってしまう。
ここでも、マリンがうっかり声をかけようとした所を寸前で気づいたケンバートが愛らしい唇を手で覆う事でなとか防いだ。
ここへ辿りつくまでにも、何度か声を出したり漏らしたりしそうになりながらも、なんとか乗り越えてきた。
シルバーとしては休憩などせずに、一気に樹海を抜け出したいところだったが思うように体が動かなくなっているの事実だ。
歩くたびに上がる息と目の前がゆらりとするまでになり、足を止めた。
近くにあった樹木に背を預けて水を飲んでいるシルバーにゆっくりとルイが近づき、目の前で立ち止まった。
「シルバーさん、あの・・・よかったら僕の背にどうぞ」
くるりと踵を返して肩膝を突きながら、顔を振り返らせる。
同じ距離を歩いてきて、疲れていないはずのないルイが自分を背負うと言い出した事にシルバーは驚いた。
再会してから、無感情と思えるような表情しか見た事が無かったが、彼の持つ生来の優しさは昔と変わっていない。
嬉しくなって一瞬涙ぐむような仕草を見せたが、すぐに表情を明るくすると頭を左右に振った。
「大丈夫よ、ルイ。少し休んで、この実を食べれば平気。あと半分だしね」
片目を瞑って笑いかけると、わずかに微笑みを返してスクリと立ち上がり、ルイは上を見上げたり周囲を見渡した。
彼の視界には美しい木々と澄んだ空気と上から差し込む太陽の光の中に、無数の精霊達が自分達を囲むように飛び回っている姿は
まるで天国のように感じられて、うっとりを目を細めた。
飛び回っている中から、数人の精霊が近づいてきて何事かをルイに告げる様子がシルバーにもわかった。
「精霊達も心配していますよ」
「そうね。呼び出した私がこんなんじゃ精霊達も心配にもなるか・・・さ、そろそろ行きましょう」
歩み寄ってきた仲間達に詫びるような仕草を見せて再び先頭に立ち、快調に足を踏み出すシルバーは腰に下げていた布袋の中から
エルフがよく食べる滋養強壮作用のある木の実を取り出して口の中に放り込んだ。
やっとの思いで樹海を全員無事に抜けさせる事に成功したシルバーはその場にへたりこんでしまった。
無警戒に外へ出ようとしたシルバーだったが、背後からケンバートが有無を言わさずフードをすっぽりと頭から被せていた。
常にフードを目深に被っているルイは山賊達のアジトを出る時からずっと同じで疲れた様子も感じられなかった。
「お疲れ様でした、シルバーさん」
微笑みながらシルバーに近づく淡い桃色の髪と同色の神官服に身を包んだ少女は、水の入った皮袋を差し出した。
それを受け取ると袋の口を少し緩めて、中身を口に流し込むとすぐに渡してくれた少女に返す。
「ありがとう、生き返ったわ」
にっこりと笑ってみせたが顔全体を覆い隠す布でそれは確認できなかった。
「ルイ様もお水をどうぞ」
一行の最後尾で今抜け出たばかりの樹海に顔を向け、何かを考え込むような表情をしているルイにも皮袋を差し出すが、
しばらくマリンが近づいてきた事にも気づかなかったようだ。
「おい、ルイ。どうした?」
惚けたようなルイをどう扱ったら良いのかわかららずに戸惑っているマリンを下がらせ、背後からケンバートが声をかける。
それにもしばらく反応を見せなかったが、左の肩に手を置かれた事でようやく意識が現実に戻ってきたようだ。
「あ・・・はい?」
顔だけ後ろを振り返ると少しだけ頭を傾ける。
「どうしたんだ、樹海を抜けてから惚けていたぞ?」
「あの森の中にいる間中、ずっと温かい風を感じていました。ずっと、あそこに身を留めておきたいような・・・」
「樹海には私達が生まれ育った村があるんだもの、そう感じるのも無理ないわね。外の世界が私達に合わないのは確かだし」
少し離れていた場所で休んでいたシルバーが樹海とルイを交互に見て瞳を細めた。
彼女も自分の故郷を飛び出して、長い年月を人間達と過ごしてきていた。
エルフの村での暮らしを嫌って外に出たと言っても、自分の故郷が嫌いなはずはないし、両親や友達の顔を見たいと思う時もある。
「樹海の中にエルフの村ですか・・・なんだか童話みたいですね」
人間にとってエルフという存在が伝説として語られている中で、実際にエルフを目の前にする機会は一生にあるか無いかだ。
伝説の生物が集落を作って、同じ大陸に古の時代から暮らしているという事を二人のエルフと行動を共にしていても
なかなか想像もできない世界なのである。
「私達は人間にとっては童話みたいな存在だもの。その村なんて、もっと遠い・・・か」
哀しそうな表情を見せたがすぐにいつもの表情に戻り、シルバーがツカツカとルイに歩み寄って左手を掴んで強く引いた。
「今は行けないけど、いつか一緒に帰れるわ。まずは記憶を取り戻さなくちゃ、記憶が無いんじゃ帰っても味気ないわ」
「はい」
自然に浮かんだ微笑みを見つめながらシルバーは掴んでいた左手を離して踵を返した。
それにルイも習い、樹海に背を向けた。
目の前に広がる今まで訪れた事のある街とは比べ物にならないほど、豪華で賑やかで不思議な空気が流れ王都を見つめた。
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第四章 第ニ話へつづく |
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