■ 『 第四章 第四話 』 文/水天宮拓仄

 フォルシナの街にある広場で昼食を終えたルイ達一行はゆっくりと歩きながら街を見学していた。
 この街へ来た事のあるシルバーを先頭に、大神殿へ入る許可を得る為にこの街にある神殿へ向かっている。
 ヴィスタム大陸で一番の規模と力を持つ大神殿へ入る為には、神聖王国フォーリー王都・フォルシナにある神殿から
許可と祝福を受けなければならない決まりとなっていた。
 それは一般の参詣者でも、地方で神殿に仕える神官や司祭でも同じ条件であったが、基本的に誰でも受ける事ができる。

 神殿に向かいながら街の建築物や行き交う人間にはあまり興味を示さないルイが突然足を止めた。
 一番最後を歩いていたケンバートもそれに習い足を止め、先頭を歩くシルバーも背後の気配に気づいて立ち止まり振り返った。
「どうしたの?」
「いや、ルイが立ち止まったんだ・・・どうしたんだ?」
「ルイ様?お加減でもお悪いのですか?」
 心配そうな表情を浮かべながらマリンが近づいてくるが、ルイの視線は仲間達を見てはいない。
 神殿へ向かう街の中を真っ直ぐに伸びた道の半ば辺り、宙を見上げたり遠くの何かを見つめるような視線を周囲に配る。
「あれは・・・誰ですか?」
 呟きながら神殿の建つ方向を見つめた。
 ルイが見つめている直線上は神殿まで、街の住民や参詣者などで溢れている。
「誰・・・と言いましても、こう人通りが多くては特定できかねますよルイ」
 怪訝な顔をしながらも隣りに立ち、カティスも同じ方向を眺めてみるがルイの見つめている人物が誰だかわからない。
「あの、不思議な風を持っている方です」
 すっと腕を上げて方向を示してみるが、ルイが言う人物がいる所まで距離が遠い。
 エルフは人間の視力よりも数倍優れていると言われているのだ。
 ようやく樹海を抜けた際の疲労から立ち直ったシルバーだけが、彼の指す人物の特定に成功していた。
「確かに普通の人間とは違う気を持っているわね」
「あ・・・」
 小さくルイが呟く。
「こっちに気づかないで行ってしまったわね」
 どうやらルイやシルバーの視線に気づかずに、二人が言うには不思議な人間は見えない場所へ立ち去ってしまったらしい。
「どう不思議だったのですか?」
 好奇心に満ちた瞳でカティスが二人のエルフを見つめる。
 それに口を開いたのは珍しくもルイだった。
「ぼくはあの方に会ってみたい・・・そして話をしてみたいです」
 立ち去った方向を目で追いながら、彼にしては強い口調での言葉。
 普段、仲間達の行動に合わせて自分の意志をあまり表に出さないルイがここに来て初めて自分の希望を口にしたのだ。
「ルイ。お会いしたいって、どうして?」
「わかりません。ぼくの中の何かがそう言っているのです。あの方に会わなければいけない・・・と」
 穏やかな口調には変わらないが、明らかにエメラルドのような瞳には強い意志が宿っている。
 それを見ていたシルバーが息を吐いて二人の下に近づいてきた。
「わかったわ、ルイ。でも、今は神殿へ急ぎましょう。もうすぐ大神殿入殿許可を受ける時間が終ってしまう」
「では、あの方にお会いしても良いのですか?」
「ええ、いいわ。まずは神殿で許可をもらったらね」
 三人のやりとりを見ていたマリンは何かを考えるような表情を見せていたが、ケンバートの視線に気づくと柔らかく微笑んだ。
「ケンバート様?」
「何か思うところがあるのか、マリン」
「いいえ、なにも。ただ・・・」
 歩き出したシルバー、ルイ、カティスの後に続いて足を踏み出しながら、マリンは細く華奢な指を自分の頬に当てた。
「ただ?」
「ルイ様が気にされていた方向に・・・何かとても神々しいオーラを感じました。神殿におられる高位な司教様と思いますが」
 かすかに残ったオーラを感じ取ろうとしたが、それは神殿の影響や街全体にかけられている結界ですぐにわからなくなった。
 だがルイやシルバーが警戒をしていない様子見て、マリンは自分の考えすぎと納得して頭を軽く左右に振った。
「大丈夫か?」
「ええ。ルイ様もシルバーさんも危険を感じていないようですし、きっと大丈夫ですわ」
 少し前を歩く三人と距離があいてしまい、小走りに追いつくと歩調を変えないケンバートを振り返り、小さく頷く。
 ルイとシルバーの言葉とマリンの言葉を考えながら、だんだん近づいてくる神殿を見つめる。
 故郷カシム王国・クルタ村にある質素な神殿とは規模も豪華さも比べ物にならない。
 真っ白な石で造られた神殿は太陽の光に反射して眩しいほどだ。
 ケンバートが一行に追いつくと、そこは神殿の門前だった。
 立ち止まった待っていた仲間達と合流して改めて大きな神殿を見上げ、門の左右に立つ神官戦士が視界に入る。
 服装は同じだったが、彼らと自分は違うことを改めて感じる。
 ”神官戦士”の正式な資格を持つ彼らと持たない自分の違いである。
 思わず目を逸らしたが、彼らの視線がフードを頭からすっぽりと被っているルイとシルバーを見つめている事に気づく。
 険しい表情を浮かべ、反対側にいる同僚に目配せしている。
「ちょっと待て」
 できるだけ小声でシルバーとルイに声をかけて手招きをすると、二人は素直に近づいてきた。
「なによケンバート」
 明らかに不機嫌だという事を口元で見事に表しながらシルバーが見上げてくる。
「お前達は外で待っていた方が良くないか?フードを被ったままでは神殿で祝福を受ける事はできないぞ」
「そう・・・そうでしたわ。どうしましょう?」
 うっかり忘れていたという顔を浮かべながら、マリンが申し訳なさそうな顔になった。
 神殿では、フードやマントといった類は入り口で預ける決まりがある。
 できるだけ外界の穢れを神の住まう所とされる神殿へ持ち込まないようにするためだ。
「エルフは神殿に入ってはいけない決まりでもあるの?」
「それは・・・」
 シルバーの疑問にケンバートもマリンも黙るしかない。
 今までエルフが神殿に参詣するなんていう話は聞いた事がないし、エルフの立ち入りを禁止しているとも聞いた事がない。
 神殿の門前で円になって小声で話す風変わりな旅人を、神殿を守る任にある神官戦士達が放っておくはずもなかった。
「君達、先程から何をしているのですか?」
 門を預かる神官戦士から連絡を受けたのか、神官服に身を包んだ青年と彼の数歩後ろに神官戦士が二人並び一行を呼び止めた。
 彼らの表情は、明らかに不審人物を観察するような色を伺う事ができる。
 それを感じ取ったマリンがとっさに前面へと足を進めて腰を屈めながら挨拶をする。
「わたくし達は大神殿への入殿許可と祝福をいただきに参りました。わたくしの名はマリンと申します」
 微笑みながら神官を見つめ、後ろに立つ仲間達を振り返り片目を瞑ってみせた。
 それを見て、この場はマリンに任せるしかなさそうだと全員が悟る。
「あなたは拝見したところ・・・高位の神官とお見受け致しますが?」
「とんでもないですわ。わたくしはこれから大神殿で神官となる許可を頂きに、カシム王国のクルタから参ったのです」
 マリンの言葉が終るかどうかのタイミングでケンバートがクルタ村のザナン司祭から預かった紹介状を差し出す。
「彼はケンバートと申します。神官戦士の資格を受けに大神殿へ。そして、これはクルタの司祭様からの紹介状でございます」
 紹介にともなってケンバートは軽く頭を下げ、神官戦士の敬礼を行い、マリンの後ろに控えて瞳を伏せた。
「あなたとあなたの守護者はわかりました。ですが、その者たちは一体何者です?」
 怪訝な表情でカティスを見つめ、次にシルバーを、最後にルイを見つめて首をかしげる。
 神聖王国にある王都の神殿に務めるほどの神官となれば、魔力もそれなりにあるのだろう。
 顔を晒しているカティスは特に疑う所は無い。
 だが、フードを深く被り、口元以外の顔を隠す怪しい二人から得体の知れないオーラを感じ取っているのだ。
「私は旅の途中でマリン様とケンバート様に出会い、供に大神殿へ行くところです。この者達は私の供」
 機転を利かせたカティスは貴族風の挨拶を丁寧に行い、いかにも貴族の子息が大神殿へ参詣に行くと説明した。
 それに合わせるように一番後ろに控えていたルイとシルバーは軽く頭を下げた。
「わかりました。ですが、神殿へ入る前にその者達のフードは取っていただかなければなりません」
「ご容赦願えませんか?この者達は事情があり、顔を晒せないのです」
 下手に下手にカティスは神官の様子を伺う。
 ここでトラブルを起こすわけにはいかないことは承知している。
「その事情をお聞かせ願えませんか?場合によっては立ち入りを許可できない事になります」
「それは・・・」
 事実を言ってしまうには抵抗もあり、ここは神殿の前とあって人通りも多い。
 こんな所でルイとシルバーがエルフだと告げる事はできない。
 まして、フードを取り払って顔を晒すわけにはいかないのだ。
 困った表情を浮かべ後ろに控え、一言も発していないルイとシルバーを振り返った。
 するとルイはフードに手をかけて今にもそれを払いのけようと腕を動かすが、寸でのところでケンバートが止める。
「よせ。ここでお前の正体を晒せば街は大混乱になる。下手をすると捕らえられかねない」
 神官達に聞こえないように耳元で囁きながら、掴んだ腕を下に下ろしてそっと解放する。
 その様子を見ていた神官は険しい表情になり、マリンの横を通ってルイとケンバートの前にまでやってきた。
「失礼ですが、その被り物を取っていただけますか?」
 丁寧だが威圧的な物言いにこの場にいる者は逆らう事ができない。
「ねえ」
 突然ルイの横に立っていたもう一人のフードを被った人物が声をあげた。
 どうやらこちらは女のようである。
「ここで騒ぐのは目立ち過ぎるわ。せめて門の中へ入れてよ」
 相手が神官だろうが言葉使いは一切変わらないシルバーをケンバートが睨みつけ、慌てた様子でカティスが頭を下げた。
「申し訳ございません。この者は素養が悪くて困っております。ですが、確かにここでの問答はお控えになった方がよろしいのでは?」
「わかりました。では、そちらの神官どのと守護者どのは結構です。あなた達は私達の詰め所でお話を伺います」
 周囲の人々が遠巻きに注目している事に、さすがに神官もバツが悪そうな表情になり咳払いをして踵を返した。
 スタスタと神殿の方へ向けて足を踏み出した。
 神官戦士が控える場所を少し通りすぎた所で一度足を止めて、顔だけを後ろに回して口を開いた。
「私についてきてください」
「わたくしも一緒によろしいですか?」
「もちろんです」
 こうして、ルイ達はひとまず王都にある神殿へ足を踏み入れる事に成功したのである。



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