|
 |
|
 |
|
| ■ 『 第四章 第六話 』 文/水天宮拓仄 |
|
フォーリヴィス十二世の計らいにより、ルイ達はフォルシナの神殿から神聖王の住まう宮殿へ足を踏み入れていた。
今は謁見の広間へ通され、数十歩前にある玉座へ神聖王が現れるのを平伏しながら待っていた。
謁見の広間には、神殿でも顔を合わせた神聖騎士団を束ねる大将軍ジルド、剣騎士団団長フルブライト、魔法騎士団団長サリア、
魔剣騎士団団長キリクに宰相や大臣が広間の左右に控えている。
本来、神聖王と謁見するには様々な規則があり、手続きだけでも何日もかかる上に順番を待つのも一ヶ月以上を要する。
だがルイ達は神聖王自らが招いたという事で特別に許されたのだ。
謁見の広間へ入る前に服装を整え、武器や鋭利な装飾を施されたアクセサリーは控えの間で係員に預けており、
旅のマントやフードなどもすべて脱ぐように指示された。
よってルイもシルバーもエルフの証である鋭い耳を隠す事もできず、謁見の広間へ通されていた。
神殿からの情報により、ここにいる神聖王国を取り仕切る立場にある者達は目の前の状況を比較的冷静に受け止める事ができている。
それでも生まれて初めて目の当たりにした”伝説”を前に、僅かな怯えと好奇心が静かに広間を埋め尽くしていた。
一行が息がつまるような気持ちで神聖王を待つ事十数分、ようやく玉座の真横にある豪華だが上品さを失っていない大きな扉が開いた。
玉座の一段下に控えていたジルドが広間の中央付近に平伏する一行に視線を向け口を開いた。
「神聖王フォーリヴィス十二世陛下である。皆、控えよ」
言い終わると自らも玉座へ身を向けて肩膝をつき頭を垂れ、それに習って広間にいる全員が膝をついて頭を垂れた。
今度はルイも全員に習い、自然な動作で膝をつく。
「皆、顔を上げよ」
静かに広間へ響く神聖王の声に、全員がゆっくりと顔を上げ、騎士団長らは最初と同じように直立不動の姿勢になった。
全員が神聖王の声を聴く体勢になった事を確認し、ジルドは再び口を開いた。
「今回の謁見は陛下のご好意により行われるものである。陛下のお言葉には、嘘偽りなく正直に答えるように」
重々しく響く声にケンバート、マリン、カティスは了承の意味をかねてもう一度頭を垂れ、遅れてシルバーとルイもそれに習う。
頭を垂れたままで数秒が過ぎ、騎士団長や宰相達も緊張して事の成り行きを見つめている中、
穏やかな表情をしたフォーリヴィスが優しく声をかけた。
「よく来てくれました。顔を上げて楽にするがよい」
顔を上げて神聖王へ視線を向けたが、膝をついた姿勢を崩すわけにも行かない一行はそのまま次の言葉を待つ。
さすがにカティスやマリンは元貴族出身という事もあって平伏していてもどこかリラックスしている様子で、
口元に微笑みを浮かべ神聖王の付近へ視線を向けている。
神聖王を直視してはいけないという規則はないが、身分の高い人間を観察するような真似は無礼とされているのだ。
シルバーは人間界での生活が長いせいか、自然と周囲に溶け込むように動作が行えるようになっている。
そしてケンバートもすぐにカティスに習った。
だが、ルイだけは神聖王から視線を外すこともなく、じっと左右で色の違う瞳を見つめていた。
その事を控えていた剣騎士団団長であるフルブライトが顔を顰めたが、ジルドもフォーリヴィスも咎める事もしない為に口を噤んだ。
「名は・・・ルイと言ったか」
「はい」
それぞれが強く、個性的なオーラを放つ中で一際目立つ不思議な気を感じるルイに声をかける。
眩しくは無いが、今まで見たことのないオーラにフォーリヴィスは思わず瞳を細めていた。
「樹海に住むと言われているエルフがなぜ街に?」
「わかりません」
ルイはカシム王国にある封印の洞窟で目覚めるまでの記憶が失われており、自分が樹海から出た理由を知らない。
元々、嘘をついたりする性質ではないルイはフォーリヴィスの言葉に即答する。
思いもよらない回答にフォーリヴィスは頭を傾げて小さく「ふむ」と呟き、再び口を開いた。
「では大神殿を目指す理由は?」
「陛下、それには私がお答えしてもよろしいでしょうか」
今までの経緯を把握しているのはケンバートであり、クルタの司祭ザナンから預かった紹介状もマリンが持っている。
まずは自分達に害意が無い事と、大神殿へ向かう理由を説明する必要があるからだ。
人間との会話に慣れていないルイに答えさせるよりは確実に伝わるはずである。
「そなたは?」
「私はカシム王国クルタの神殿にて、ここにおります神官見習いマリンを守護する役目を担うケンバートと申します」
「うむ、そなたが話してみよ」
「はっ」
短く返事をし、ケンバートはクルタで起こった出来事を語り、途中で出会ったミリー達の事を伏せて大神殿へ向かう理由を語った。
それを聞き終えたフォーリヴィスはしばらく黙って頭の中を整理しているような仕草を見せる。
控えている忠臣達は信じられないといった表情でルイを見つめ、フォーリヴィスの反応を静かに待つ。
「では、お主達はルイの記憶を蘇らせる為に大神殿へ向かっているのだな?」
「はい。クルタ神殿、ザナン司祭からの紹介状もございます。是非、お改めください」
ケンバートの言葉に小さく頷き、マリンが胸元に閉まっていた紙の包みを取り出し、書簡の受け渡しを任務にした文官へ手渡す。
低い姿勢のまま玉座の前へ進んだ文官はジルドへ紹介状を渡し、すぐに広間の隅へ控えた。
受け取った書簡の封を開け、ジルドが中身に視線を落としてすぐに元通りに戻すと、先ほどの文官が受け取りに来る。
再び、そのままの姿勢でマリンへ招待状を戻すと、元の位置に戻っていった。
「偽りは無いようでございます。書簡にはマリン、ケンバート両名の承認を推薦する文章もございました」
「わかった。そなたらに大神殿へ入る事を許そう。だが、その後は最高司祭へ判断を委ねる事にする」
「ありがとうございます」
フォーリヴィスの言葉に表情を輝かせケンバートとマリンは頭を垂れる。
カティスとシルバーもそれに習ったが、ルイはずっとフォーリヴィスから視線を逸らす事ができないでいた。
「ルイ、頭を下げて」
「・・・」
顔を上げたままのルイにも、一行に習うようにカティスが促したがそれにも気づかない。
ただ呆然とした様子でフォーリヴィスを見つめる。
「あの・・・」
おずおずといった様子だったが、唐突に言葉を発したルイに広間に居たフォーリヴィスを除いた全員がはっと息をのんだ。
「エルフ、控えよ!」
礼儀もなっていない得体の知れないエルフに我慢ができなくなり、フルブライトが声をあげた。
神聖王国の騎士団長と言っても得体の知れないエルフという存在はやはり恐怖の対象となる。
子供の頃から伝え聞いている”邪悪なエルフ”では無いと言い切れないではないか。
「良い、フルブライト。余もこの者と少し話がしてみたい」
「しかし陛下!このエルフが記憶を無くしているという証拠はどこにもなく、我らを誑かしているかもしれません」
「フルブライト。陛下のご意向です。控えなさい」
隣に立ち、冷静な表情でルイ達を観察していたサリアが静かにフルブライトを窘める。
その言葉を受けて、口を噤んで両の拳を握り締めてサリアを睨み、次の瞬間にはフォーリヴィスに頭を垂れた。
「申し訳ありません。出過ぎた事を申しました」
「そなたの余を思ってくれての発言、嬉しいぞ。だが、この者から邪悪なものは感じない。そうだな?サリア」
「はい、陛下。このエルフから邪悪な気は微塵も感じられません」
視線を向けてきたルイに微笑み、小さく頷いてみせた。
「あなたは不思議な風をお持ちですね・・・どこか、懐かしく感じるのはなぜでしょうか?」
神聖王であるフォーリヴィスに対してもルイの言葉遣いは変わらない。
まるで礼儀がなっていないルイにフルブライトは目尻を上げたが、さきほどの事があって声をあげるような事は無かった。
「余が懐かしいと申すのか?」
「はい。あなたは普通の人間と、どこか違っています」
膝を床についたままだったが、もっと近くでフォーリヴィスの風を感じたくて少しだけ身を乗り出したが、横からシルバーが制す。
「ダメよ、ルイ。ここから動いてはダメ」
小声で耳打ちをして、さきほどルイが発した言葉に心のどこかで賛同していた。
確かに神聖王と呼ばれるほどの人間が、普通の人間と違うオーラを纏っているのは当然といえば当然かもしれない。
だが、どこか僅かだが自分達と通じるようなものを感じる事ができるのだ。
「黙って聞いていれば陛下に対する暴言許さぬぞ!」
広間に控えている忠臣達の中でも、一番の年配であり先代の神聖王から仕えている宰相が顔を赤くして広間中央へ足を踏み出した。
シルバーが周囲の視線を探ると、自分達に向けられた猜疑心や敵対心などを感じ取り、唇を噛みしめた。
平静に観察しているのはフォーリヴィスとジルド、サリアとキリクの四人しかいないようだ。
フルブライトもエルフであるルイを明らかに疑いの視線を向け、その仲間達も同じような気持ちで見つめている。
「パウロ、落ち着いてください」
片手をすっと突き出し、ジルドがその場を収めようと口を開いた。
自分も完全にエルフとその仲間達を信用したわけではないが、フォーリヴィスが信じている者を無条件で認めているのだ。
代々神聖王に仕える上級貴族であるジルドは先代から神聖王に仕えており、フォーリヴィス十二世の教育係も担っていた。
臣下が仕えるべき王に持つ感情とは違う親が子に向けるような感情もジルドの中にあるが、それを表に出すことは無い。
「ジルド殿すまぬ・・・皆も失礼した」
「パウロ、この者はエルフ。我々人間の身分を押し付ける事もあるまい。どうか自由に話させてやって欲しい」
年上を敬う態度で接するフォーリヴィスに恐縮した宰相パウロは無言で頭を下げ、元の位置に戻った。
「余を懐かしいと感じると言うそなたの言葉だが・・・実は、余も感じている。なぜかわかるか?」
玉座に座ってから終始穏やかな表情を崩さなかったフォーリヴィスが頬を崩して笑った。
その表情は年相応の少年らしい笑顔に感じられ、ジルドは密かに目を見張る。
「いいえ、ぼくには懐かしいと感じただけで・・・なぜかは」
「そうか。・・・そうだろうな」
左手を口元に運び笑みを浮かべて小さく頷き、ジルドの方へ視線を向けた。
「ジルド。今宵はこの者達と晩餐を共にしようと思うが、どうだ?」
「陛下?」
「この話は長い、酒でも酌み交わしながらゆっくりと語りたいのだ」
瞳を細め、不安顔の忠臣達に視線を向けるといつもの穏やかな表情に戻って玉座から立ち上がった。
「今宵の晩餐にこの者達を招待する。神聖騎士団長は共に出席せよ」
「陛下おやめください!」
「エルフと晩餐等といけません陛下!」
次々とあがる反対の声に瞳を伏せ、ジルドとキリクを見つめて合図を送る。
「陛下は我々がお守り致しますゆえ、ご安心ください」
ゆったりとした口調で中央に歩みより、フォーリヴィスとルイ達の間に立ったのは魔剣騎士団団長のキリクだ。
「キリク殿」
「我々の護衛では心許ないと言われるか?」
ジルドも玉座から離れ、キリクの隣に立ち鋭い眼光を反対を唱える忠臣達に向けた。
神聖王国でもっとも強い力を持つ者が就く騎士団の団長と大将軍が四人も揃って護衛にあたるのだ。
彼らの力はよく知っているが、相手がエルフというだけでなんとも言えない不安が全員の胸を脅かす。
「それでは、そなた達も一緒にどうだ?」
フォーリヴィスの言葉に忠臣達は動きを止め顔を見合わせて、床に膝をついたままのルイやシルバーを見つめた。
見れば見るほど自分の中に恐怖が湧き上がってくる。
「で・・・出過ぎた事を申しました。お許しください陛下」
「陛下のご随意に。我々は・・・辞退致しします」
「そうか、わかった。では、今日の謁見はこれまでにする。ご苦労だった」
再び幼さを帯びた笑顔を浮かべ、踵を返すと広間へ入ってきた時と同じ扉へ向かうフォーリヴィスにジルドが続き、
キリク、サリア、フルブライトが順々に反対側の扉から出て行った。
ケンバート、マリン、カティス、シルバーは思いも寄らない展開に呆然と主のいない玉座を見つめていた。
第四章 完
NEXT 第五章 第一話へつづく |
|
 |
|
|
|