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| ■ 『 序章 』 文/水天宮拓仄 |
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ヴィスタム大陸・北の果てに小さな島が常に暗雲に包まれて存在する。その島は元大陸の一部であったが、今は大陸の人々から忌まわしいものとされ"暗黒大陸"と称され、その称号に相応しい大陸であることは言うまでもなかった。
過去に暗黒大陸を訪れた冒険者の伝記には、こう記されている。
『島の中は、人間や動物までも受けいれない環境がそろっている。暗黒大陸の最北端には、細く高くそびえ立つ古びた搭があるだけ。搭は暗黒大陸唯一の建造物だが、その搭へ入るには様々な危険を潜り抜けねばならない。
暗黒大陸は、過去の大地震で二つに分裂しており、南部と北部の間に横たわる溝は地獄に繋がっている。溝を渡るためには"闇の洞窟"と呼ばれる洞窟を抜けなければならない。この洞窟の中は大陸中に生息する魔物達の巣窟だ。闇の洞窟を抜けるとやっと搭のある北部へ入れるが、搭へ辿りつくには腐食の湖を渡らなければならない。湖に生物は皆無であり、湖に入るものをすべて腐敗されるのだ。搭の中には…』
伝記は、ここまで記して終っていた。この伝記を書いた冒険者は変死したと言う。
そびえ立つ搭の事に関して真実を知る者はいない。ヴィスタム大陸最大の謎と言っても過言ではないだろう。
ただ一つ明らかな事は、その搭を大陸の人々は"封印の搭"と称していることだけだった。
暗黒大陸・封印の搭内部
封印の搭が建てられたのは、ヴィスタム大陸が分裂した直後のことである。人間が誰も足を踏みいれられないこの島"暗黒大陸"に誰が何の為に建てたのかは謎のままだ。外から見た搭は、古いがしっかりとした造りで高度な建設技術のもとに建てられていることがわかる。どんな災害にも崩れることのない仕組みになっているのだ。少なくとも、現代に生きている人間達の技術では到底造れない技術を持った何者かによって建造されたのである。
高度な技術で建造された搭の内部は、思ったほど複雑な造りはしていない。この搭唯一のフロアは最上階に作られている。最上階へ続く階段は、搭の内壁に沿って螺旋状になっており、その階段の先に最上階のフロアが広がっていた。この部屋には、通常この世界で使われている火を用いる照明などはなく、空中に光る球状のものがゆっくりとした動きで漂うだけだ。外からの光りは、常に暗雲に包まれているためにまったくと言って良いほど入ってこないのだ。今が夜なのか昼なのかさえもわからない。
部屋の中央に美しい水晶が天井に届きそうな高さで存在していた。その水晶は、大きさだけもこの世のものとは思えないが、水晶の中には一人の人間…いや、人間とは異なる形をした者が静かに眠っている。水晶の中に眠る異形の者は一言で表すと美しい青年だ。青年の下半身は完全に水晶に埋まり、腰から上の部分は外気にさらされている。長い髪は白髪に近い薄い色の金髪。肌は褐色だったが、薄い金髪が綺麗に映えていた。ところどころ焦げ目がついている服は、青年の美しさを少しも損なわせない。瞳は閉じているので見ることはできないが、容姿同様に美しいのだろう。そして、異形の者とされる象徴は耳であった。普通人間の耳は、先端が丸く頭の大きさに比べて小さいものである。だが、この美しい青年が持っているそれは、人間のそれよりも細く先端が尖っていた。この世で、そのような耳を持っている者達は"エルフ"と呼ばれている。そう、この水晶の中に眠るのは、人間達が古来より忌み嫌っている種族・エルフである。
人間達はエルフを最初から忌み嫌っていたわけではなかった。もともと親しい関係になかったエルフと人間だったが、数百年前の出来事により彼らの関係は最悪なものとなったのだ。その出来事は伝説となりヴィスタム大陸に伝えられている。
『突如現れた一人のエルフはヴィスタム大陸全土を死の恐怖に陥れた。大陸を縦断する樹海より現れたエルフは炎の巨人を従え人々と国を焼き払う。だが、その暴挙も長くは続かなかった。一人の若者が死闘の果てにエルフから大陸を守ったという。』
これが大陸の幼い子供まで伝わる"ヴィスタム伝説"である。
伝説は時と共にエルフ達を恐れる気持ちを強めていった。エルフ達も人間達の前に姿をあらわすことはなくなったという。稀に人間のふりをしたエルフがいると聞くが、実際にエルフを見たことがある人間は少ない。
水晶の中に眠る青年を前に、ひざまづき祈りを捧げる女がいた。透き通るような白い肌に海よりも濃い蒼く長い髪。髪は後ろで綺麗に結い上げられており、青年と同様の耳が露になっている。そう、彼女もエルフだった。青年とは違う美しさを持つ彼女は髪と同色のドレスに身をつつみ、ほっそりとしているがバランスの取れた体つき。腰にシンプルな小剣を携えた姿はとても彼女に似合っていた。ずっと閉じていた瞳を開く。その開いたばかりの瞳は、髪と同じく色を持ち深く透き通っている。蒼く神秘的な色を持つ瞳は水晶の青年を悲しそうに見つめた。
「お願い……目覚めて…神もきっと許してくださる…どうか、目覚めて。可哀想な人」
形が完璧に整っている唇からは囁くような声が漏れる。女エルフは音もなく立ちあがると水晶に近づき、瞳を閉じたままの青年エルフの頬に細く長い指先で触れ、唇を寄せた。
「………」
『…ル……イ……ぅぅ…』
女エルフが顔を上げると青年の瞳が、金色の瞳がゆっくりと静かに開いていく。彼女の祈りが届いたのか青年は今長き眠りより目覚めたのだ。
「ラル…目覚めたのね」
愛しそうに見つめてくる彼女の存在に気づくと水晶の中にいるエルフ・ラル瞳が鋭く彼女を捕らえた。
『貴様は何者だ…それに…俺はなぜこんなところに』
水晶に捕らえられたままのラルの唇からは、何も音は発せられなかったが彼は自分の思考を目の前にいる女に直接送り込んでいるのだ。その思考は直接、女エルフの思考に入りこみ通じるのだ。
「目覚めたばかりで記憶が混乱しているのねラル…」
悲しい目で見つめるとラルの傍からすっと一歩下がった。そして再び瞳を閉じて口を開く。
「覚えているでしょう?あの時起こったことを…私はあの時からずっとあなたを見守ってきたの…神の意志ではなく、自分の意志で…」
『…そうか…俺はあの時…忌々しい水晶に…貴様は確かヴィーラとか言ったな』
ラルの思考が自分の中に流れ込んでくることを感じながら、ヴィーラと呼ばれた女エルフは、今度は優しさに満ちた瞳で微笑むのだった。 |
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